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2011年8月22日 (月)

「あのね、お掃除をしたらどうかしら」

何だか、最近、本を読んだり、新聞を読んだり、雑誌を見たり、ラジオを聴いたりするときに「システム」をいう言葉に触れると、ピックと反応してしまう。ただテレビからは、ボクが反応するニュアンスの「システム」という言葉はあまり聞かれない。そういえば異動して職場が新しくなって1か月が経ったけど、この間に「システム申請」という書類を何枚出したことやら。

「前回、『中央集権型』から『分散化』の『システム』に移行する必要が今後はあるのでは」ということを書いた。その後、補足も含めて、いろいろ考えたりしているんだけど、なかなか文章にする機会がないまま、日時だけが過ぎてしまった。まだ、こういうスタイルでの文章を残すことに慣れていないので、仕方がないと自分では思っている。言い訳。なので、そのことについてはおいおいまとめるつもり。

さて本題。

おとといの土曜日、家族で映画『コクリコ坂から』を見に行った。宮崎吾朗監督。話としては、東京五輪直前の横浜が舞台。あまりひねりのないまっすぐな映画。でも「観後感」は悪くなかった。子供を正面から相手にしない宮崎アニメも悪くない。

冒頭の言葉は、この映画の主人公の海(あだ名はメル)がつぶやいたセリフ。

家族で見に行ったジブリ映画なので、脱力した感じで見て楽しんだのだけど、翌日くらいに、ふと「掃除をすること」とは「社会を変えること」ではないか、と思ったりした。ちょいと、おおげさかもしれないけれど。

『コクリコ坂から』ですが、一応、簡単に説明します。学校の中にある「カルチェラタン」と呼ばれる部室棟に取り壊しの計画が持ち上がる。この建物は伝統があるものの、男子学生の巣窟なだけに、とにかく汚い。ものすごく汚い。でも取り壊しに反対する学生からは「古いものを壊すのは、過去の記憶を捨てることと同じじゃないのか」なんて声も挙がる。それに対して、学校の大勢は「汚いものを新しいものにして悪いわけはない」という感じ。そんなもの。そんな中で、主人公の女子学生が「掃除しよう」とつぶやく。ここから、大がかりな掃除が始まる。彼女の一言で物語がグルっと展開していくことになる。

掃除すれば、当然スッキリする。スッキリすることは大事。直感としてそう思う。空間が明るくなる。隅々まで見えるようになる。もとの姿、骨組みが見えてくる。整理され、スッキリして、隅々までみえることで、次に何をやるべきかがわかりやすくなる。正しい手順、正しい優先順位の判断がしやすくなる。そうすれば、何を変えれば、よくなるかのコンセンサスがとりやすくなる。

また、この映画では、みんなで掃除する、ということも大事なキーワードとなる。もともとの関係者にも、ボランティアで掃除を手伝った人たちにも、掃除した対象への「感情移入」が新しく生まれくる。さらに「共犯関係」で掃除することで、コミュニケーションが始まり、お互いを理解できるようになる。もしかしたら、歴史的にコミュニティーというものは、「掃除するグループの単位」を基本にして生まれてきたのではないか、なんて思ったりした。本当のところは、よく分かんないけど。

そういえば福岡伸一さんは、著書『生物と無生物のあいだ』で、エントロピーの増大について書いていた。「エントロピーとは乱雑さ(ランダムさ)を表す尺度である。すべての物理学的プロセスは、物質の拡散が均一なランダム状態に達するように、エントロピー最大の方向へ動き、そこに達して終わる。これをエントロピー増大の法則と呼ぶ」。

生き物であろうが、建物であろうが、システムであろうが、やがて汚れ、異物がたまり、エントロピーが増大する。そのままに置くと崩れてしまう。なので、掃除することこそが、そのエントロピーから、身を守ることになる。すなわち世の中をよくすることということ0になる。そう考えてみたわけ。

調べてみたら、内田樹さんもブログ(2009年6月24日)でこんなことを書いていた。

「部屋は必ず汚れる。本は机から崩れ落ち、窓にはよごれがこびりつき、床にはゴミが散乱する。局地的に秩序が回復することはあっても、それはほんの暫定的なものに過ぎない。

無秩序は必ず拡大し、最終的にはすべてが無秩序のうちに崩壊することは確実なのである。

けれども、それまでの間、私たちは局地的・一時的な秩序を手の届く範囲に打ち立てようとする。掃除をしているときに、私たちは宇宙的なエントロピーの拡大にただ一人抵抗している『序の守護者』のである」

内田さんのブログを引用してみると、結局、ボクは、これと同じことが言いたかっただけだったのか。せっかく、ここまで書いてきたのに…という気持ち。やれやれ。ボクとしてはこのあとに、福岡さんお得意の「動的平衡」のことを書いて、前回の「中央集権と分権化」の話につなげようと思ったけど、さすがに長くなったので、それはまたの機会にしましょう。

最後に。さっき茂木健一郎さんの最新のブログを読んでいたら、「ハウスをつくること。」との文章が掲載されていた。なんとなく『コクリコ坂から』とつながることなので、最後に紹介しておきましょう。

「人生で大事なのは、ハウスをつくること。異なるバックグランドの人たちが、大切なこと、本質的なこと、未来につながることについて、語り合う場所をつくること」。

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