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2011年9月29日 (木)

「破壊ははるかに簡単です。創造する手間の百分の一で状況を一変させることができる」

雑誌『サンデー毎日』(10月9日号)が『大阪府知事 橋下独裁ハシズム』と題した特集記事を書いている。

大阪で府知事と市長のダブル選挙を仕掛けて、自らの「大阪都構想」に突き進んでいる橋下府知事。5月には「君が代起立斉唱条例」を可決し、さらに今月、大阪府議会に「教育基本条例」を提出。また「大阪都構想」への賛否によって市の幹部の人事査定も考える。などなど。こうした手法、この雑誌では「ハシズム(橋下主義)」を呼んでいるが、それについて、佐藤優さん、内田樹さん。西川のりおさんのコメントを紹介している。

冒頭のフレーズは、内田樹さんの中から抜粋したもの。橋下知事の独裁が支持を受ける理由について、内田氏は、「全能感や爽快感を求める人は必ず『ぶっ壊せ』というようになる」とも述べる。

また内田氏は、この『ぶっ壊せ』という手法について、8月30日のブログでは、「日本近代史を徴する限り、「みんな壊せ」というようなことを口走った政治運動はすべて「大失敗」に帰着した」と書いている。これに続き、「日本の社会制度の中にはまるで機能不全のものもあるし、そこそこ機能しているものもあるし、ずいぶん順調に機能しているものもある。その『仕分け』が重要である。だが、その基準をほとんどの人は『採算』で量ろうとする。『採算がとれるもの』はよいもので、『採算がとれないもの』は廃絶すべきだというふうに考える」とも書いている。このフレーズも、橋下氏への批判、さらには今の企業で行われている「経営改革」と称するものへの批判となる。

早急に結果を求めるリーダーは、上記の『採算がとれるもの』『採算がとれないもの』を簡単に見分けるシステムを導入しようとする。今回の『サンデー毎日』で、内田氏は以下のように書く。「橋本氏は、教育現場を上位下達的なシステムに変えて、教育を規格化し、点数や進学率などの数値的な成果に基づいて格付けすることを目指している」。こうやってシステムがどんどん増えていくのである。

様々な組織や企業が、この「採算がとれるものがよいもの」「採算がとれないものは悪いもの」という基準を効率よく分別できるシステムを導入し始めていることは間違いない。また、それは個人の判断基準もむしばんでいる。「儲かる作品はよいもの」「儲からない作品はわるいもの」、「儲かる番組はよいもの」「儲からない番組はわるいもの」などのように。さらには「食べ物の味」や「人の価値」、内田氏の指摘する「教育」ももちろんそうだが、そういった本来、数値に置き換えられないものまで、「採算」という基準で分けられているのではないか。

もう一点。佐藤優氏のコメント「彼はバラバラになった一人一人の無力感を無意識で結集している。『橋下なるもの』といかに戦っていくかのが問われています」も印象深い。ボクの会社にも、類似の『橋下なるもの』は存在する。つまり我々は、アチコチで跋扈する「○○なるもの」との戦い方について、いろいろ考え、身に着けていかなければいけないのであろう。

今回の記事を読んでもっとも驚いたことは、ボクと橋下徹氏は、同じ年の同じ日に生まれているということ。全く知らなかった。

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