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2011年11月22日 (火)

「つまりルールは必要なときに適用すればいいのであって、あとはフレキシブルに対応すればいいじゃないかという考え」

きのう作家の奥田英朗さんのスポーツエッセイ集『どちらとも言えません』を読んでいた。もともとは雑誌『number』に連載されていたコラムで、スポーツそのものやその周辺で起きることに対して、自らの人称をはっきり打ち出して思いを書いている内容。スポーツを扱っているが、十分に社会批評となっていて興味深く読む。

冒頭のフレーズは、その本の中の『改めて考える日本人サッカー不向き論』という項目の中から抜粋したもの。

この項で、奥田さんは、日本人というのはタクシーに乗る時など社会のいろんな場面でちゃんと順番を守る特性を持つ。それがゆえ、サッカーが苦手であると説く。

「待っている奴には回ってこない。これが世界の常識なのだ」

反対に日本人が野球を得意とする理由については、次のように書く。

「こういう決まりごとの多い競技において、日本人はとてもいい働きをするのである。全員に打順が回り、全員にスリーストライクが与えられる。このサッカーではありえないすわりのよさと平等性よ。野球は日本人のために作られたようなゲームなのだなあ」

奥田さんの独特の言い回しや斜めからのモノの見方は考慮に入れなければいけないが、思わずうなずいてしまう。

さらに日本人の順番や決まりを守ってしまう特性について、次のような例も紹介する。

「たとえば神宮のナイター観戦。よほどの好カードでなければいつもガラガラで、どこでも好きな座席に座ればいいのであるが、多くのお客さんは、購入した座席指定の椅子に律儀に座っているのである」

「ヨーロッパでスポーツ観戦したとき感じたことだが、向こうの人々は、スタンドが空いているとき、指定などをお構いなくまず一番いい席に陣取る。そこで観ていて、指定席の客が現れたら『パルドン』と言って、別のいい席に移る。そこにも来たら、また移る。そういうことを何度も繰り返して平気なのである」

そのあと、冒頭に紹介した以下のセリフが続く。

「つまりルールは必要なときに適用すればいいのであって、あとはフレキシブルに対応すればいいじゃないかという考えなのだ」

これは、海外でスポーツ観戦していた時に、ボク自身もすごく感じたことである。アメリカの大リーグでも、そうだった。ボクは、指定席の客が現れるまで、バックネット裏の特等席で、野茂投手のピッチングを楽しむことができた。

日本では、スタジアムに入るときに、入り口でチケットを切ってもらった後、さらに自分の席のあるゾーンに入るときにも係員に必ずチケットの提示をする。奥田さんが指摘するように日本人の順番を守らないと落ち着かない、という特性があるのだろう。スタジアム側からしても、席を譲る、譲らないといういらないトラブルを避けたいという思惑もあるのだろう。でも決められたことに従っていないと落ち着かないというのは、日本人の良い面でもあり、悪い面でもある。

しかしスポーツの座席に関して言えば、ムダが多いと思う。もしヨーロッパのようにそれぞれの判断に任せてしまえば、そのソーンごとにチェックのため配置するスタッフの人件費を節約できる。その上、選手にとっても、良い席、すなわち一番目に入る客席がちゃんと埋まっていることはプラスなのではないか。大相撲の両国国技館が少し前まで、あいている席には自由に座れたはずと思うが、先般の暴力団関係者との事件で、今はどうなっているかは知らない。

ちなみに、今月の雑誌『中央公論』12号は、特集として『この世界を生き延びるための最後の一手』を組んでいて、その中で脳学者の養老孟司さんと建築家の坂口恭平さんが対談をしていた。その中で養老さんが次のように語っていた。

「自分の目で見て、自分の頭で考えて、ルールを曲げる。そういう感覚をもう日本人はなくしているでしょう、でも『生きている』ってそういうことじゃないですかね」

奥田さんの指摘と重なる部分がある。養老さんが言っていることは、先日も記述したが、まさに「陽明学」の考え方。「システム・ルールにただ従うのではなく、自分の行動に合わせて新しいシステム・ルールを作っていく」というもの。つまり「知行合一」。養老さんは、今の日本人によるシステム依存を批判しているのである。奥田さんも、システム・ルールから、どうしても抜け出せない日本人の特性を面白おかしく指摘していることになる。

スポーツからも見えてくる日本人の特性。これは、どうしようもないのか。養老さんの指摘するように「生きるとは、どういうことか?」。ここから考え直すしかないのだろうか。

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