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2012年5月 8日 (火)

「ルール(規則)主義から、原則主義へ」

先日(4/27)、TBSラジオ『荒川強啓デイキャッチ』という番組の中で、社会学者の宮台真司さんが、マックス・ウェーバーの『職業としての政治』という本に書かれていることを紹介していた。

「政治家は、法律を守るべきでは必ずしもない。法律を守っていては、国民を守れない場合には法律を踏み越えろ」

調べてみると、今月発売の雑誌『サイゾー』(5/18号)でも同じ点について指摘していた。

「一般市民は、命を失うことを恐れ、法を尊重しない者を糾弾します。でも政治家は、法を守ることに意味がある社会自体の存続のために、必要ならば法の外に出ることを辞さぬ存在でなければならない。法の外に出ることで社会に益する所が少なければ政治家は血祭りにあげられますが、政治家にその覚悟がなければ、社会が淘汰されます」

法律などのルールが社会実状に会わない場合には、その法律を踏み越えるなり、そのルールを改めるなりして、本来の目的を果たすべきである、という考え方。

ルールや規則が社会に会わなくなっているとき、人はどう振る舞うべきか、という問題である。ルールがないなら何をやってもいいのか?ルールが間違っているときは?日本では「ルールさえ守っていれば良い」という考え方が蔓延しすぎているのでは?こうした問題については、弁護士の郷原信郎さんも著書『「法令遵守」が日本を滅ぼす』で指定していたと思う。

いろいろ調べてみると、「会計基準」の分野で『ルール主義から、原則主義へ』というフレーズを見つけた。更に調べてみると、たまたま見つけたのだが、「IFRS(国際会計基準)に関する久保田政延さんという方の文章(2009年7月16日)にこんな説明があった。

「『原則主義』は、会計基準の設定にあたり企業が会計処理の方法を判断する時の考え方や枠組みだけを示す方法です」

「『規則主義』では、どの様な会計処理を行うべきかを、会計原則以外に詳細なガイダンスで、具体例を含めて細かく定めています」

会計基準の世界では、「IFRS(国際会計基準)」は上記の、原則や枠組みと最小限のガイダンスだけを示す『原則主義』で行われており、日本とアメリカの会計基準は、詳細な規則やガイダンスを定める『規則主義』でやっているということである。ここでの『規則主義』と『ルール主義』は、おそらく同じことを指していると思われる。

『「ルール(規則)主義」から「原則主義」へ』。というのは、ここのところ、ボクが何となく考えていたことをうまく表してくれている。ボク自身は、「ルールを守ることから、スペースを埋めることへ」というコトバを使っていた。「ルール」や「規則」というのは、往々にして社会の実状に会わない場合が起きる。これまでの日本は、皆がルールや規則を守ることで大きな目標(「経済成長」「右肩上がり」など)を早く達成することが大事だったのだろう。でも、それを長い間やってきた結果、社会のあちこちが空洞化して、スペースだらけになってしまい、社会そのものが機能しなくなってきた。これからは、最低限の原則を決めた上で、それぞれがスペースを見つけ、そこを埋める形で役割を果たして社会を回していく時代になったのではないか。

規則やルールが細かく決められ、それをチーム全員が身につけた上で楽しむスポーツが野球だとしたら、サッカーは最低の原則(大まかなポジション、攻撃や守備の重視とかの戦略、それに伴うフォーメイションとか)だけを決めて、あとは選手が個々にスペースを埋めることで試合を作っていくスポーツではないかと思う。人気のスポーツが、野球からサッカーへと移っているというのは、こうした背景もあったりするのでは亡かろうか。

この野球とサッカーの差異については個人的には非常に興味深いので、もっとまとまったら詳しく書いてみたい。

 

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