« 「『考える』という営みは既存の社会が認める価値の前提や枠組み自体を疑うという点において、本質的に反時代的・反社会的な行為です」 | トップページ | 「戦後日本人が追い求めた価値観は、経済の豊かさを求めて、人間性を排除し、出来る限り、上意下達の組織や、ロボットのように社会に忠実な人間を生み出すことに集約されたのではないか」 »

2012年6月 7日 (木)

「とにかく仕組みが悪い」

きのう上方落語協会の会長である桂三枝さんが、大阪市長の橋本徹氏を表敬訪問しえて、その話の中で、文楽への補助金削減について、やんわりと批判したということがニュースに載っていた。

この橋下市長は、今年の4月に文楽を視察し、こんなコメントをツイッターに載せている。(4/17)

 

「僕は僕の感覚で、『今のままの公演だったら、二度と見に来ない』と言った。それの何が悪い?客が公演をどう評するか、客に自由があるのが芸事の公演だ。僕は今の仕組みのままでは文楽は絶対に根付かないし、振興しないと思った。とにかく仕組みが悪い」

 

ここでは、文楽の問題については敢えてスルーするが、ボクが注目したいのは「とにかく仕組みが悪い」というフレーズである。

 

最近、「仕組みを変える」というニュアンスを口にする政治家は多い。期待される政治家ほど、口にしている気もする。

 

でも所詮、仕組みは目的達成のための「方便」でしかない。大切なのは「目的」そのものである。当たり前のこと。そもそも仕組みを変えても、それが未来永劫、良い仕組みであることなどありえない。常に状況は変わる。その都度、仕組みをいぢることばかりしていると、やがて「いぢる」ことが目的となり、何のための仕組みなのかを忘れるのが人間の常ではないだろうか。養老先生が言うところの「システム問題」というやつ。

 

政治家の発する「仕組み」というコトバに違和感を持った初めは、1年半ほど前に新聞を読んでいたときのこと。当時、「仕分けの女王」なんて呼ばれていた蓮舫・行政刷新担当大臣の次のようなコメントが載っていた。(朝日新聞2010年10月30日)

 

「この国の仕組みを変えられるのよ。こんな楽しいことはないじゃない」

 

少しだけ彼女を直接、知っているのだが、このコトバは、非常に彼女らしいと思った。目の前にある、問題ある仕組みを変えることには非常に興味を持つ。ただ、その仕組みを変えて、どんな社会を作るのか。どんな社会を作るために、その仕組みを変えるのか。その時の新聞記事には、そんなことは全く書かれていなかった。

 

彼女は、目の前に与えられる課題をクリアするのは得意なのだろう。例えば、選挙。しかし選挙で大量得票した結果、期待される政治家として、どんな社会を作っていきたいのか。「ママフェスト」というキャッチコピーは耳に届いたが、彼女の訴えるコトバから、「どんな社会を作りたいのか」ということは聞こえてこなかった。

 

精神科医の斉藤環氏は、大阪の文楽問題を受けて、橋下氏に対するこんなコメントを毎日新聞にしていた。

 

「橋下氏さんは、目の前にある課題を変えるという『短期的な正当性』の主張ばかりで、政治家に求められる理念をじっくり語ったり、将来あるべき社会の姿を議論するということがない」

 

つまり目の前の「仕組みを変えること」には興味あるけど、「将来あるべき社会」を考えることはしない。そう意味で蓮舫氏は似ていると思う。

 

長くなるが、他の政治家にしても同じではないか。

 

先日、吉田修一さんの小説『太陽は動かない』を読んでいたら、その中で登場人物の国会議員と秘書のこんなセリフが書かれていた。

 

民主党代議士の五十嵐拓(1回生)のセリフ


「私は、日本という国を良くしたいと思って政治家を志しました。一人でも多くの国民に幸せになって欲しい。この気持ちに嘘はありません。しかし国を良くするには議員たちが官僚たちを動かす必要がある。そして、そのためには金がいる。そして私自身が強くなりたい。そのためにも金がいる。私は強くそう感じています」
(P185)

 

その代議士が心変わりしたとき、その秘書、丹田康祐のセリフ


「あんたなら、良い政治家になれますよ。でも、もう分かったじゃないですか?この何年かの間、一緒にやってきて思い知らされたじゃないですか。良い政治家なんてなんの役にも立ったないんですよ!力のある政治家が国を動かせるんだ!」

 

まあ分かりやすいセリフである。でも、こう思っている政治家は実際に多いと思う。国を変える力を得るため、「金」や「有権者」の数を集める仕組みづくりに躍起になる。やがて、その仕組みづくりが目的化して、その仕組みさえ手当てしていれば、いいという状況に陥っていく。

 

でも、本当に「金」があれば、政治家は自分が思う方向へ国を動かすことが出来るのか。金を持ち、そしてトップに立った鳩山由起夫氏は、どうだったか。では、金を集め、選挙に強い小沢一郎氏は、どうか?おそらく小沢氏も、鳩山氏も、「どういう社会を作りたいか」をちゃんと持っていたはず。ただ最近の彼らを見ていると、政治が動く中、自分の影響力をキープすることを目的化してしまっているのではないだろうか。素人ながら、そう思うのである。

我々は、ここ十数年で、小選挙区導入や、政権交代による二大政党など、政治の世界だけでも、大きく仕組みを変えてきた。仕組みを変えた結果として、政治の世界は良い方向に変わったのだろうか。我々の社会は・・・。現段階では、小選挙区導入や二大政党など仕組みを変えたことは良しとしよう。何度も書くが、大事なのは、その変えた仕組みによって、どんな社会をつくっていくかなのである。

« 「『考える』という営みは既存の社会が認める価値の前提や枠組み自体を疑うという点において、本質的に反時代的・反社会的な行為です」 | トップページ | 「戦後日本人が追い求めた価値観は、経済の豊かさを求めて、人間性を排除し、出来る限り、上意下達の組織や、ロボットのように社会に忠実な人間を生み出すことに集約されたのではないか」 »

システム・組織」カテゴリの記事

★変わるということ」カテゴリの記事

橋下現象」カテゴリの記事

コメント

この記事へのコメントは終了しました。

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 「とにかく仕組みが悪い」:

« 「『考える』という営みは既存の社会が認める価値の前提や枠組み自体を疑うという点において、本質的に反時代的・反社会的な行為です」 | トップページ | 「戦後日本人が追い求めた価値観は、経済の豊かさを求めて、人間性を排除し、出来る限り、上意下達の組織や、ロボットのように社会に忠実な人間を生み出すことに集約されたのではないか」 »

カテゴリー

無料ブログはココログ