「自分より相手を幸せにする人が、最後は一番幸せになるのだ」
さらにさらに追加分その③。
先日の文章(7/3)には、宮台真司さんの「他人を幸せにする人間だけが幸せになる」というコメントを紹介した。それにからんだ言葉も見つかったので、こちらも追加して載せておきたい。
フェラリーなどのデザイナーを務め、今は地元山形を拠点などに活躍する奥山清行さんというデザイナーがいる。その奥山さんの書籍『ムーンショット デザイン幸福論』に彼のデザインに関する話しながら、こんなフレーズをみつけた。
「自分が仕事する上で大事にしているのは『自分より相手の方が幸せになる』ということ。幸せという言葉が大げさなら『自分よりも相手の方が得るものが多い』と言い換えてもいい。これは僕らの仕事の最大の前提条件だ」
「目先の損得にこだわり、相手に得をさせるのがマイナスだと考えている人は、瞬間的には恵まれることもあるかもしれないが、長期的には必ず損をする。自分より相手を幸せにする人が、最後は一番幸せになるのだ」
まさに宮台さんのいいたことと全く持って重なっている。
さらに平川克美さんの『移行期的混乱』という本にも興味深いフレーズであったので紹介したい。
「リベラルという言葉は英和辞典で見ると、『自由な』という意味は四番目にしか出てこないの。一番目は『気前がいい』なんですよ。二番目の意味が『たっぷりある』、三番目が『寛容である』と。その四番目に『自由主義の』とか『自由な』って出てくる」
「『人にふるまっていやる自分こそが自由だ』っていうような広々としたものだったんだと思います」
ということである。「人を幸せにする人間」は幸せでもあり、リベラルでもあるのである。
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