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2012年7月 7日 (土)

「人間が社会活動を行う上で、ルールを守ることは大切なことである。しかし、それはあくまでも、私たちの『生きる』という現場をやせ衰えさせない範囲のものでなければならない」

追加分その①

先月(6/20)に、ピーター・バラカンさんの「この国はルールを決めておけば、絶対にそこから外れないというところがあります」という言葉を受けて、その「ルール主義」が色んなことでおかしなことを起こしていることを長々と書いた。

 

その内容に関することで、オーバラップするコトバをメモにみつけてので、そちらも使いとして載せたい。茂木健一郎さんが『復興の精神』という本の中で、次のように語っていた

 

「『日本病』の象徴だったのが、ルールを守る『コンプライアンス』という精神の、神経症的な暴走だった。もちろん、人間が社会活動を行う上で、ルールを守ることは大切なことである。しかし、それはあくまでも、私たちの『生きる』という現場をやせ衰えさせない範囲のものでなければならない。明文化されたルールを杓子定規に守るだけだったら、コンピューター上の人工知能でもすることができる。しかし人工知能は、人間が得意な『直視』による『判断』をすることができない。多くの『例外』の処理にとどまってしまうのである」

 

その通り!と叫びたくなるような、フレーズである。

 

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