「他人を幸せにする人間だけが幸せになるんです」
「子供たちに幸せになれって教えるでしょ。で、そのために他人を競争で蹴落として幸せになれ。他人を蹴落として上昇は出来るけど、そのようなことで幸せになれるかどうかは、倫理の問題。結論から言えばムリですよ。あえて短く言うと、他人を幸せにする人間だけが幸せになるんです」
「子供供たちには、今のように「自分が幸せになれ」というのではなく、「他人を幸せにする人間になれ」と教えるべきだと説く。さらに次にように語っていた。
「“どうしたら、他人を幸せにできるのか”あるいは、“本当の幸いとは何なのか?”ってことを徹底的に考える力を持った人間以外には幸せになれるはずがないんですよ」
ちょっと印象的なフレーズだったので、メモをしておいたら、先週の雑誌『AERA』(7/2号)の『日本人が見たブータン』という特集記事に全く同じようなフレーズが載っていた。そちらも紹介しておく。去年まで川崎市で小学校の教諭をしていて、今年1年間、海外青年協力隊としてブータンの小学校で教師としている仁田明宏さんの次のコメントである。
「今年3月、日本の教え子から卒業文集が送られてきました。その中に『3億円あったら、どうする?』というコーナーがあり、みんなが答えを書いています。その半分くらいが『貯金する』でした。今の日本の現状を映しているのでしょうが、あまりに夢がない答えです」
実はボクも10年くらい前、居酒屋トークで知人たちと『1億円手に入ったらどうするか?』で盛り上がったことがある。その時は、みんな社会人という立場で話していたわけだが、結局、「貯金する」「家のローンにまわす」「車を買う」といった小学生と似たような答えしか出なかった。「海外旅行するにも休みがないし・・・」という感じで、日本という社会は案外お金の使い道がないところなんだなあと思った記憶がある。
さて、それではブータンの子供たちはなんと応えているのか。仁田さんのコメントの続きである。
「ブータンの子どもたちに授業で『すごくたくさんお金があったらどうする?』と尋ねてみました。すると、大半の子が『貧しい人にあげる』『親にあげる』など、自分以外の人を幸せに使うと答えました」
「同じ子どもたちに『幸せですか』とも聞いてみました。ほとんどが『幸せです』と答えたのですが、理由は『家族と一緒にいられるから』『食べ物が毎日食べられるから』『学校に行けるから』。日本では当たり前と思われることばかりです」
さすがブータン、『GNH・国民総幸福量』の国である。まさに宮台さんの言う「他人を幸せにする人間が幸せになる」という考えがそのまま子供たちにも浸透している感じである。
また同じ特集記事の中で、ブータンで首相フェローとして働きていた御手洗瑞子さんのコメントも紹介されていた。以前(4/6)は、彼女の書籍『ブータン、これでいいのか』に載っていた同じのようなフレーズを紹介しているが、改めて今回のコメントも紹介したい。
「ブータンの人たちの肯定力は『割り切り力』でもあるように感じます。そもそも『人間の力ではどうにもできない』と思っている範囲が、日本人よりずっと大きいのではないでしょうか。自然の力、運や縁なども含めて、『まあ、なるようになるよ』というスタンスです」
「またブータンの人は、自分自身をそのまま肯定し、根本の、人としての自分に自信と誇りを持てているように思います。なので、どんな状況でも堂々としていられる」
同じ時(4/6)に藤原和博さんのフレーズとして取り上げたのが日本社会に蔓延する『現世利益の宗教』。何とかして、すぐに良い結果を手にしたいという考えが日本には強すぎるということなのだ。その『現世利益』を追い求めすぎる風潮が、結局、日本人から自分に対する「肯定力」を奪っているということなのだろう。
また、ブータンの人の持つ『まあ、なんとかなるよ』というスタンスは、その前(3/8)に紹介した、同じく藤原和博さんの次のフレーズにも通じる。改めて書いておきたい(毎日新聞2/29夕刊)。
「正解主義は、修正主義に。『こうするのが正しい』とたった一つの正解があると信じ込む正解主義から、とにかくやってみてから修正していけばいいという考え方に転換する」
国民の幸福度の高い国、ブータン。その一方で幸福度の低い国、日本。いろいろ両国を比べてみると本当に興味深い。
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