「システムを変えることで個人が変わる時代は終わっている」
さらに追加分その②
先月の初め(6/7)の文章では、大阪市の橋下市長の「仕組みがわるい」というコメントを引いて、「仕組みさえかえることだけに興味を持ち、その仕組みで何をするかを考えない政治家が多いのではないか」というような内容についても長々と書いた。
その内容に関することで、以前読んだ村上龍氏の『寂しい国の殺人』という本にあったフレーズを追加として載せておきたい。
「『これからの日本をどう変えていけばいいのか』などと言っている人を私は信用しない。そんなたわけたことを言う前に、まずお前が変われ、といつも思う。システムを変えることで個人が変わる時代は終わっている」
改めて書いておく。システムを変えたとしても、個人、そして社会が自動的に変わるわけではないのである。
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