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2012年10月 3日 (水)

「震災という非常事態なのだから、ルールを多少破ったとしても臨機応変に対応するべきではないか」

 今年6月20日のブログで、ピーター・バラカンさんの「この国は、ルールを決めておけば、絶対にそこから外れないというところがあります」という言葉を紹介して、3・11の東日本大震災という非常時でも、日本人は通常のルールに従ってしい、臨機応変かつ最善の対応を逃した事例をいくつか紹介した。


このたび、ニューヨーク・タイムズ東京支局長の
マーティン・ファクラーさんによる『「本当のこと」を伝えない日本の新聞』という本を読んでいて、同じような事例が紹介されていたので、追加で載せておきたい。


大震災発生の1週間後、ファクラーさんはアメリカ軍による「トモダチ作戦」に従軍取材。そのヘリに乗って南三陸町で孤立していた集落を訪れる。被災者に「いま一番必要なものは何ですか」と尋ねると「クスリです」との訴え。アメリカ軍には、当然、たくさんのクスリがあるが、米国製のため、厚生労働省の許可がない限り自由には配布できないということ。何とかしたいと動く。


「せめてカゼのクスリくらい届けられないかと思い、厚生労働省に問い合わせてみた。すると担当者は、『日本で許可されているクスリだったとしても、日本語の説明書がついていなければ配ってはいけない』というのだ。あまりのくだらない説明にしばらく怒りが収まらなかった。震災という非常事態なのだから、ルールを多少破ったとしても臨機応変に対応するべきではないか」
(P35)


日本語の説明書がないから。悲しいかな、日本という社会は、人の命より、ルールを優先する社会なのである。


こうしたルールに従ってしまう風潮は、当然、日本のメディアにも存在している。ファクラーさんは、発生から4日経った3月15日に南三陸町の佐藤仁町長を日本の記者が取り囲んで取材している様子について、次のように書いている。

 

「遺体がいまだ続々と見つかるなか、記者が細かい数字にこだわっていることが不思議に思えた。『今日は何人の遺体が見つかりましたか。数字は××7人で正しいですか』『××8人ですか』それが自らの使命であるかのように1ケタの数字に神経質にこだわり、彼らは非常に細かいやり取りをずっと続けていた」


「私は佐藤町長がどうやって津波を生き延びたのかを知りたかったのだが、誰もそういう個人的な体験について質問しようとしない。そこで日本人記者の質問が尽きたあたりで、『町長さんは津波が来た当時どこにいましたか?』と尋ねてみた。すると佐藤町長は、目を真っ赤にして涙を流しながらこう語り始めたのだ。『まるで地獄の光景を見ているようでした。あんなことが起きるとは、誰も想像していなかったはずです』」(P28)


たまたまの例なのかもしれないが、非常事態の中でも、日ごろの「数字を間違ってはいけない」というルールや、今までの取材の仕方、記事の書き方から逸脱できず、目の前の出来事に柔軟に対応できない日本のメディアの姿の側面であることは間違いないだろう。


また日本の新聞やテレビには、被災地の遺体を映像や写真でうつしてはいけないという暗黙のルールがあるらしい。石井光太さんの『遺体』をはじめ、文章によるドキュメンタリーでは、震災直後の被災地では、あちこちに遺体が散らばっていたという風景描写はたくさん存在する。しかし新聞の写真やテレビの映像で、そうした遺体の様子を見た記憶はない。なので、きっと「暗黙のルール」というものが存在しているのだろう。ボクも一応、メディアの人間だったわけだけど、「遺体を映してはいけない」というハッキリとしたルールを聴いたり、目にしたことはない。


これについて、ニューヨーク・タイムズのファクラーさんは、次のような指摘をしている。

「日本の新聞やテレビは、遺体の写真を一切報道しようとしなかった。だが、『1万人死亡』と数字を見せられただけでは、現場で本当は何が起きているか読者に伝わらない。私たちは、遺体の写真を報道することに大きな意味があると考えた」


「当然のことだが、亡くなった人たちの死を軽々しく扱ったり、センセーショナルな報道によって注目を集めるという意図など全くない。日本人が遭遇しているこの悲しく、厳しい局面を正確に伝えるために、『人間の死』から目をそむけずに報道するべきだとニューヨーク・タイムズは判断した。私もそう思ったし、いまもその考えは変わらない」
(P31)

 

存在する「ルール」に盲目的にに従うだけでない。「暗黙のルール」にさえ縛られてしまうのである。

少し話は飛ぶが、被災地の遺体を撮影することについては、
『3・11を撮る』という本の中で、映像ジャーナリストの綿井健陽さんは、次のように書いている。

 

「一度の災害で1万5845人が死んで、今も3368人が行方不明になっている(警察庁2012年1月27日発表)。それを伝えるテレビ・新聞から、そして雑誌媒体までも、遺体を直接映した映像が消えている、いや消されている。もちろん、シートをかぶせられた遺体や棺の写真や映像はある。だが、の遺体や死体は海外メディアやネット上を除いて皆無に近い。何か報道協定や会社から業務命令が出されたわけでもなく、自発的に遺体を映しだすころを避けたということに、どうしても納得できなかった」(P65)

 

同じ『3・11を撮る』の中で、森達也さんは、実体験として次のようなシーンを書いている。

「『同じメディアとして恥ずかしいよ!』聞き覚えのない声に思わず振り返れば、左腕に腕章を巻いた新聞の記者だった。まだ若い。たぶん30歳にはなっていない。手にはスチールカメラを手にしている。彼のすぐ横では、やはりスチールカメラと取材メモを手にした多比良(良孝・共同通信記者)が、困惑したような表情で立ちつくしている。『俺は遺体なんて絶対にとらない。あんたたち、メディアとして恥ずかしいよ』」(P31)


森さんは、そのあと、記者に反論するつもりないことや「後ろめたさ」などの揺れる気持ちを吐露して、「だからこそ作品にする意味がある」と書いている。

 

かといって、ボクもメディアがやみくもに遺体の写真や映像を新聞やテレビが報道するべきだとは思わない。当然、遺族や被災者の人たちへの配慮も大切だろう。また掲載するかどうかの議論が現場や編集部であってしかるべきだと思う。そしてニューヨーク・タイムズのように、意味や意義があるものは堂々と掲載するべきだと思う。それに賛否が起こるのも当然である。

現状のように過剰ともいえる配慮や暗黙のルールに従うことを優先しすぎて、オートマチックな対応しかできない日本のメディア。その結果、ちゃんと伝えるべきこと、後世に残すべきことを全て削除するという風潮にはやはり違和感を覚えざるをえない。

非常事態の現場では、きっと「何が正しいのか」は誰にも分からない。また「本当に正しいルール」なんて存在しないのかもしれない。だから考え、臨機応変に対応することが求められる。だけど、そこでもルールに従うことを最優先してしまう、我々の社会の一面を見ると悲しくなるとともに、怖さを覚える。

 

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