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2013年1月15日 (火)

「日本はエレベーターのメンテナンス価格がものすごく高いんです」

日本社会が内包するランニングコストが、「移動」などなど、我々の生活の幅を狭めているのでは、という話を、年末のブログ(2012年12月25日)で書いた。そのランニングコスト構造の象徴的な話を思い出したので掲載したい。

建築家の隈研吾さん『日本人はどう住まうべきか』という養老孟司さんとの対談本の中で、日本の高層住宅の住まいの設計の幅のなさ、画一性について語っていた。 

「日本はエレベーターのメンテナンス価格がものすごく高いんです。だから高層の集合住宅の場合、エレベーターはたったの1か所で、その脇がダーッと長い廊下であって住戸が並ぶスタイルが日本では基本的になっちゃった。あれは、世界ではすごく異常な配置構造なんですよ。 

 日本はエレベーター1基あたりに対する戸数を多くすることで、1戸あたりのランニングコストを減らせるようにマンションのプランを作ります。
 日本の長屋方式だと、外の景色は開かれることなく一方向にしか間口がなくて、廊下側は格子付きの刑務所スタイル。後は全部隣の住戸の壁になってしまう。そういう方式の中で、日本ではエレベーター会社がメンテで儲けているんですね」 (P104)

エレベーターのランニングコストが住まいのスタイルまで規定する。しばりつける。部屋の間取りの多様性を奪うだけでなく、景色を楽しむことも押しのけられ、我々は、壁に囲まれた「刑務所スタイル」に住むことになる。そんな部屋では窓も少なく、風通しだって限定される。その結果、当然、エアコンが必需品となる。そして電気量もどんどん増えていき、生活のランニングコストそのものも膨れ上がっていく 

人の住み心地や、社会の安全性より、ランニングコストで稼ぐ企業の存在を優先する。どこかで聴いたことある構図のような気がする。 

日本の電力使用量を減らすためには、そもそもこうした住宅の構造から変える必要があると思うのだが・・・。必ず、いろんな方向に窓を設置する部屋を作らせ、風通しをよくする。その結果、冷房の使用を減らさせる。そうすれば、電気使用量だって減り、原発の依存率も減る。そのための、規制や建築環境の整備を進めた方がよいのではと、素人ながら思う。 

ちなみに我が家は、窓の箇所が多く、風通しも良いため、ここ数年、エアコンを使ったことがない。自然の風と、扇風機と、あとは我慢である。風通しの良い構造の部屋に感謝したい。 

以前、知り合いに、この隈さんの話をした。すると、その知人のマンションでも、エレベーターのメンテナンス費が問題となったことがあるそうだ。契約していた会社に、まず「見積もりを出せ」というと、その時点で、メンテ費は3分の2にすると言ってきた。しかし見積もりを出させ、他社と比べたうえで、エレベーター管理会社を変えたところ、メンテ代は、年間800万円も安くなったということ。100戸のマンションで、800万円は大きい。その分、居住者たちのランニングコストとして圧し掛かっていたのである。 

その知人の話で、もうひとつ興味深かった話も。それまでマンション内で配る「瓦版」のような新聞も同じ会社に委託して作っていた。その時から、そのフォーマットを自分たちで作成し、自分たちで新聞を作ることにしたところ、当然、その費用も浮くことになった。さらに予想外のことも起きた。住居者の勇士たちが集まり、記事や文章を書きだしたところ、マンションの集まりの参加率が上がっていったということだ。たいへん興味深い。 

ランニングコストを下げることで、我々にとって住みよい環境を作る。理想のパターンだと思う。 

建築、テナント、住居のランニングコストを減らす方法について、同じ隈研吾さんの本の中に載っていた。養老孟司さんとの対談である。ちょっと長いけど、引用させていただく。 

 「汐留にあるような大きなビルを建てた場合、サラリーマン的な考え方では、すべてのテナントからきちんと家賃をとらなきゃいけないわけです。でも、そうやって計算を積み上げると、家賃が高くなって、なかなか普通の店が入店できなくなる。入店できたとしても、長期的に商売できるということは少なくて、短期的に成り立てばいいようなショールームやアンテナショップがほとんど。汐留を歩けば分かりますよ。この場に根付いて長く商売するのではなく、何年か後には撤退するような店しかないわけです。それでは楽しく歩ける街ができるわけがないですよね」

養老「二度と行く気にならないよ」 


隈 「アメリカでは超高層ビルの足元に花屋さんがよくあるんです。家賃をものすごく安く抑えて、1階に入ってきてもらうわけです。つまり、花屋さんは植木、並木と同じなんだ、という考え方ですね。並木から家賃をとるやルはいないだろうということで(笑)」 

養老「確実に花を飾ってくれて、しかも自分でメンテナンスをしてくれるんでしょう。そんなにいい並木はないよね」 

 「要するに人間付き緑ですよね。で、アメリカ人はコーヒーショップも同じように考えるんです。コーヒーショップは街に楽しい雰囲気を作ってくれるんだから、家賃を取っちゃダメだ、と」 (P86) 

自分たちの生活を縛り付けているランニングコストを減らして、それでも「快適さ」を保つヒントが、知人の「瓦版」の話と、くまさんと養老さんの「花屋」の話の中にあるような気がする。

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