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2013年1月31日 (木)

「明治維新は武士を身分的義務(身分費用)から解放する意味をもっていたことを忘れてはならない」

日本我々の生活は、気が付くと多くのランニングコストが付きまとうようになり、日常生活におけるスタイルや移動の自由までを限定している、ということについて2回のブログ(2012年12月25日と、2013年1月15日)で書いたが、そのあと磯田道史さん『武士の家計簿』を思い出した。そして、その本を改めて読み直した。

この本には、武士は、「武士という身分」を保つためのランニングコストに苦しめられていたという話が、加賀藩の猪山家の家計簿を通して詳細に書かれていた。彼らが武士としているために、どれだけ窮していたかが分かる。藩の財政が豊かなときは何とかなってきたものが、幕末が近づき、財政が苦しくなると、そうしたコストが日常生活を苦しめてくる。 

磯田さんは、次のように記している。 

「江戸時代のはじめ、十七世紀ごろまでは、武士身分であることの収入(身分収入)のほうが、武士身分であることによって生じる費用(身分費用)よりも、はるかに大きかったと言える。武士の俸禄は多かったし、身分による行動制限は少なく、金融行為の規制などもゆるやかだった。ただ、家来は多く、身分費用のなかの人件費は大きかった」 

「ところが、幕末になってくると、武士身分の俸禄が減らされて身分収入が半減する。『半知』や『借上』とよばれる俸禄カットが諸藩で行われだした。しかし、武士身分であるために支払わなければならない身分費用はそれはど減らない。十七世紀に拝領した武家屋敷は大きなままで維持費がかかる。また、『家格』というものが次第にうるさくなってきて、家の格式を保つための諸費用を削るわけにはいかなくなった。そのため、江戸時代も終わりになると、武士たちは『武士であることの費用』の重圧に耐えられなくなってきた。猪山家にしても、そうである。武士身分でなければ、借金を抱えなくて済んだのである」 (P76)
 

実際、この猪山家の支出のうち、「武士身分のための費用」は、消費全体の三分の一にも上っていたとのこと。例えば、どんな費用かというと、「召使いを雇う費用。親類や同僚と交際する費用。武家らしい儀礼行事を執り行う費用、そして、先祖・神仏を祭る費用。これは制度的・慣習的・文化的強制によって支出を強いられている費用」。中でも親類や同僚との祝儀交際費が多かったという。結果、自由に使えるお金は、家の主人より、召使いの方が多かったりしたそうだ。

右肩上がりや、安定していた時期には問題にはならず、どんどん増えていったランニングコスト。一転、右肩下がりの時代になり、収入が減る。すると交通費や住宅費などなど社会がこれまでのように求めるコストや、また個人が豊かなライフスタイル(格)や安心のために払い続けるコストが重くのしかかってくる。いつのまにか日常生活の中のいろんな場面で、真綿で締められるように「自由」が奪われていく。そうやって考えていくと、今の時代と、幕末の武士たちの生活がなんだか重なってみえてくる。 

磯田さんは、次のようにも書いている。

「今日、明治維新によって、武士が身分的特権(身分収入)を失ったことばかりが強調される。しかし、同時に、明治維新は武士を身分的義務(身分費用)から解放する意味をもっていたことを忘れてはならない。幕末段階になると、多くの武士にとっては身分利益よりも身分費用の圧迫のほうが深刻であった。明治維新は、武士の特権をはく奪した。これに抵抗したものもいたが、ほとんどはおとなしく従っている。その秘密には、この『身分費用』の問題が関わっているように思えてならない」 (P77)

明治維新は、武士たちがランニングコストから抜け出すためにも必要だったのだ。なるほど。改めて『武士の家計簿』を読んだけど、いろんなことを示唆していて非常に興味深かった。

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