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2013年1月11日 (金)

「人間はそんな完全な存在ではなく、初歩的なミスを犯すし、失敗もする。全く予期できない想定外の何かが起こるのです」

前回(1月10日)のブログでは、松井秀喜選手の自分がコントロールできることと、出来ないことを分けて、出来ないことに関心を持たないことですよ」という考え方について書いた。

いきなり話は変わる。最近の新聞で、安倍政権がやりたがっている「インフレ目標」とか、「TPP参加」とか、「憲法改正」とかについて読んでいると、どうも政治家の方々は、金融市場や国際市場、そして人の心まで「コントロールできるもの」と踏んでいるのはなないかと思えてくる。「原発推進」の考え方だって、そうだ。人知を結集すれば、コントロールできないものがあるはずはない、そんな考え方。

本当に、そうなのだろうか。例えば、毎日新聞夕刊編集部が編纂した書籍『<3・11後>忘却に抗して』を読んでいたら、知識人たちの以下のコトバが目に付いた。 

経済学者の佐伯啓思さんは、この本の中で、福島の原発事故について次のように書いている。 

「近代主義の誤りの一つは、人間の理性的な能力に過度な信頼を置いたことです。人間は理性的に進歩していけば、自然、社会、システムを合理的にコントロールできると考えた。しかし、人間はそんな完全な存在ではなく、初歩的なミスを犯すし、失敗もする。全く予期できない想定外の何かが起こるのです」 P203) 

また作家の玄侑宗久さんは、東日本震災後の我々の心構えとして、次のように書く。 

「分からないことに分からないまま向き合い、曖昧模糊とした現実を暗中模索で進むしかないでしょう。それは福島に限りません。いくら計画を立てて将来が見えるつもりになっていても、先のことは分からないと今回の震災で皆が痛感したはずです」 P200) 

しかし、政治の世界では、上にも書いたが、より全てに対して「コントロールしよう」という動きが強まっている気がする。そんな風潮については、以前のブログ(2011年12月14日)で、脚本家の倉本聰さんのTPPに関する次のコトバを紹介している。(朝日新聞2011年12月9日 

「農林漁業は統御できない自然を相手にするところから始まっている。工業は、すべてを統御できるという考え方に立っている。この違いはでかいですよ。統御できるもので勝負して、統御できないものは切り捨てる。そういう考え方が、TPPの最大の問題点だと思えるんです」 

 もしもの政治家の方々(もちろん全員ではないです)のように、すべてをコントロールできる、と考えていった場合、どうなっていくのだろうか。きっと、それでも想定外が生まれたり、コントロールできない異端はやがて生まれていく。その先には、隠ぺいや排除(切り捨て)というものにつながって行かざるをえないんどえはないか。そんな危惧を持つ。だって、それは、記事書き換え問題にみられる中国共産党の動きがまさにそうだから。 

結局、必要なのは松井秀喜選手のように、最初から「自分がコントロールできることと、出来ないことを分けて」考える謙虚な態度なのではと思う。

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