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2013年4月16日 (火)

「ぼく、『イワシ化』って呼んでるんですけども、社会がイワシ化しているんです」

外部規律に依存しがちな体質と、ランキングや世論調査など数値・数字だけで判断するのとは同じなのではないか、という言葉を、3月19日のブログでは並べた。

そんな周りにあふれる数値や流行に振り回される風潮について、内田樹さんと岡田斗司夫さんの対談による本『評価と贈与の経済学』でも取り上げていた。岡田斗司夫さんの言葉が印象的だったので紹介したい。

「かつては有識者がいて、『この人なら信じられるんじゃないか』っていうのがあって、その人たちの話を聞いたうえで個人個人がそれらを見比べて、意思決定をするというのが近代自我の主体を立ち上げるということだった。いまは『流行りだから間違いない』『ランキングが上位だから良いに違いない』という発想」

「ぼく、『イワシ化』って呼んでるんですけども、社会がイワシ化しているんです」

「イワシって小さい魚だから、普段は巨大な群れになって泳いでいる。どこにも中心がないんだけども、うまくまとまっている。自由に泳いでいる。これは見事に、いまの日本人なのではないかと」 (P14)
 

うん。「イワシ化」とはうまい表現だと思う。ちなみに、この本の表紙は「イワシ」の写真である。最近、なにが実体なのか分からないのに、アベノミクスやらで、株価だけがダアーと上がっているは、まさに「イワシ化」現象以外の何ものでもないと思う。 

ほかで見かけた「数値・数字」に依存する風潮をめぐる言葉を書いておく。 

その内田樹さんは、著書『どんどん沈む日本をそれでも愛せますか?』の中で、こんな風に語っている。 

「子供が泳げるようになっているかどうかは、見ればだいたいわかるし、『どうだった今日は?』『おもしろかったよ』と言ってたらさ、分かるじゃない。最近なんか顔色がいいとか、ご飯よく食うとか、よく寝るとかさ、そういうのでわかるはずじゃない。 

 分からないんだよ、今の親は。級で言わないと。自分の子供の身体能力の向上さえも、インストラクターが『級が1級上がりました』って言わないとわかんないんだからさ」

もうひとつ。雑誌『ソトコト』(5月号)は、図書館特集。大阪の橋下徹氏が、知事時代に大阪国際児童文学館の廃止を決めたことに対して、作家の田中康夫さんが次のように語っている。

「数値に換算しできない部分を理解するかどうかは、まあ、人間としてのセンスの問題だね」

その田中康夫さんは、今日のTBSラジオ『デイキャッチ』(4月16日)の番組のなかで、こんなコメントもしていた。

「政治家って数字で割り切れないところを、やっぱり洞察力や直観力を持って、人のために尽くすということだと僕は思う。数字のために尽くすのではない」

あらゆる分野で、数値・数字だけでしかものを理解せず、その数字のためだけに動く風潮が強まっている。まさに数値を「イワシ」のように追う。このイワシたちはどこへ向かっていくのだろうか。

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