« 「違いばかりを強調せず、共通項をたくさん探しながら『普遍』を探って行きたいと思っています」 | トップページ | 「被災地にも、またそれ以外のところでも、『誰かが何とかしてくれる』という強い依存感覚が働いていたように思えてならないのである」 »

2013年4月26日 (金)

「よく理解もできないし、共感もできない他人と、それにもかかわらず生活を共にし、支え合い、慰め合うことのできる、その能力は人間が共同体を営んでゆくときの基礎的な能力に通じていると僕は思います」

きのうのブログ(4月25日)の続き。価値観が違う人たちが、それぞれの違いを認めながらも、小さな「共通項」を見つけて交わっていく。これこそ、これからの社会で必要なこと。そんな言葉を並べた。

ただ、これは以前のブログ(2012年9月11日) に書いたが、「価値観の一致」を求める大阪市長の橋本徹氏などのやり方とは、対極にあるのだと思う。(このときのブログで、映画『かぞくのくに』の言葉を取り上げているのも興味深い) 

そもそも日本人が、価値観の違う相手と「共通項」を見つけて付き合っていくのが苦手と背景には、思想家の内田樹さん書籍『学問ノススメ』で指摘した以下のことも関係しているかもしれない。 

「テレビに慣れた今の子どもたちは、政治っていうのは、ただ自説をがなり立て、相手の非を鳴らすだけのことだと思っている。『私が正しい。お前は間違っている。じゃあ、どちらが正しいか選挙で決めよう』が政治だと思っている。でも、そうじゃないでしょう。政治というのは、もっとずっと複雑で、デリケートで、長い時間の幅の中で『落としどころ』を探るものです。勝ったほうが『総取り』するものではなく、当事者全員が『同じくらい不満足』なソリューションを見出すものでしょう。その現実をメディアを通じで学習する機会がない」 

「今の子どもたちが合意形成がヘタなのは、合意形成に至るプロセスを見たことがないからでしょう。はじめは対立していた意見がしだいに歩み寄って、ある妥協点にたどりついて、それぞれ不満顔ながらも握手するプロセスを見たことがない」 (P19) 

また劇作家の平田オリザさんの次の指摘も鋭い。毎日新聞(2012年3月8日)より。 

「日本語には対等な関係でほめるボキャブラリーがほとんどない。上から『よくやった』とか、下から『すごいですね』と持ち上げる。英語などではワンダフル、ビューティフルと対等な言葉が多いんですが、日本語には少ない。だから『頑張れ』としか言えない」

相手とすり合わせる際に、対等な関係・対話をする言葉そのものが少ないというのである。やれやれ。では、どうしたらいいのか。
 

教材作家の北川達夫さんは、『ていねいなのに伝わらない「話せばわかる」症候群』で次のように書いている。 

「相手の見解があって自分の見解がある、それが対立するとお互いが変わってくる。まさに、その変わってくるところを楽しめるか。そこを重視できるかですよね」 (P175) 

内田樹さんは、そうした行為を日々実践しているのが「結婚」だという。著書『呪いの時代』から。 

「結婚が必要とするのは、『他者と共生する力』です。よく理解もできないし、共感もできない他人と、それにもかかわらず生活を共にし、支え合い、慰め合うことのできる、その能力は人間が共同体を営んでゆくときの基礎的な能力に通じていると僕は思います」 

「自分と価値観が違い、美意識が違い、生活習慣が違う他者を許容することができない人が増えている。社会人としての成熟の指標のひとつは他者と共生できる能力、他者と協働できる能力です。この能力を開発するうえで結婚というのはきわめてすぐれた制度だと思います」 (P120) 

まったく違う場所で、著書『銃・病原菌・鉄』で話題の地理歴史学者のジャレド・ダイヤモンドさん同じことを指摘していたりして、興味深い。朝日新聞2012年1月3日『文明崩壊への警告』より。

「社会を存続させる秘訣は、結婚生活を続ける秘訣を同じ。『現実的であれ』ということです。結婚生活を続けるには、夫婦の間のあらゆる問題で合意や妥協が必要です。それと同じく、水、森林、治安、人口、外交など、次々と生じる社会問題のひとつから目をそらし、対策を怠れば、そこから社会は崩壊してしまう」 

まあ、結婚する人が減っているのも事実なんだが、僕自身について考えてみても、結婚というものを通して、かなり自分の価値観が変わっていったと思う。違う価値観と出会い、自分が、もしくは相手が少しずつ変わっていく。

結婚と同じように、お互いのコミュニケーションから、小さな「共通項」を見つけ出し、そして合意し、妥協し、支え合い、慰め合う。その繰り返しこそが、いろんな価値観を持つ人たちの集まる社会で上手にやっていくということなのだろう。その過程で、北川さんのいうように自分が変わってくことを楽しめれば…。

 

« 「違いばかりを強調せず、共通項をたくさん探しながら『普遍』を探って行きたいと思っています」 | トップページ | 「被災地にも、またそれ以外のところでも、『誰かが何とかしてくれる』という強い依存感覚が働いていたように思えてならないのである」 »

パブリック・公共」カテゴリの記事

価値観」カテゴリの記事

コメント

この記事へのコメントは終了しました。

« 「違いばかりを強調せず、共通項をたくさん探しながら『普遍』を探って行きたいと思っています」 | トップページ | 「被災地にも、またそれ以外のところでも、『誰かが何とかしてくれる』という強い依存感覚が働いていたように思えてならないのである」 »

カテゴリー

無料ブログはココログ