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2013年12月 6日 (金)

「問題は情報が誰のものであるかという点にある」

きょう、文化放送『くにまるジャパン』(12月6日)を聴いていたら、特定秘密保護法案について、作家の佐藤優さんが次の言葉をつぶやいた。

「情報は国民のものなんです。原則、開示。出来ないものは、説明責任がある」 

そうなのである。
情報というのは、あくまでも国民(市民)のものであって、それを自分たちに選んだ政治家に便宜的に委託して、取り扱ってもらっているだけにすぎない。さらに言えば、官僚は、その情報をもとに政治家が作った法律・ルール(立法)に従って、政策を進める(行政)だけの立場なのである。情報というのは、政治家のものでも、官僚のものでもない。あくまでも国民のものなのである。

だからこそ、完全に情報を国民から奪ったり、永遠に隠してしまえるような今回の法案には違和感を感じてしまうのだと思う。 

以前、ラジオで図書館協会の常世田良さんが話していたことを思い出す。ネットに同じような話があったので紹介しておきたい。(2008年11月26日シンポジウム「障害者の情報アクセシビリティと著作権」より) 

「図書館というのは本を貸すところだと考えていらっしゃる方がいるのですけれども、それは手段であって、図書館の本来の目的は、やはり知識や情報、人類の知恵というようなものを人々が共有することだと思うのです」 

「ヨーロッパの市民革命があったとき、彼らは土地と権利を取り戻したと、私たちは授業で習いますが、私は、それに加えて、恐らく『情報』を取り戻したんだと思うのです。つまり、いつ種をまいたら作物ができるかというような情報を、特権階級が占有していたからこそ大衆は支配されていたので、それを取り戻したからこそ、西洋の市民革命が成就したのだと思っています」 

ということでいえば、今、日本で起きていることは、市民革命で「王族」という特権階級から取り戻した「情報」を、市民の手元から「官僚」という特権階級に手渡してしまうということになるのではないか。 

作家の半藤一利さんは、毎日新聞11月13日の「特定秘密保護法案に言いたい」という特集で次のように話していた。 

「日本は情報の大切さに思いが至らない。どんどん捨ててしまう」 

ジャーナリストの田中良紹さんも、自身のブログ『国会探検』(2013年9月19日)の「機密情報は誰のものか」で次のように書いている。 

「問題は情報が誰のものであるかという点にある。そこをあいまいにされると欧米を真似たつもりで欧米と逆の仕組みを作る事になる」 

「機密情報が誰のものかを考えると、税金で雇われた官僚が税金を使って集めたのだから納税者に帰属すると考えられる」
 

今回の特定秘密保護法案も、情報公開が進まないのも、外交文書が破棄されてしまうのも、日本では「情報が誰のものか」という問題があいまいにされているからなんだと思う。もう一度、市民革命に戻って歴史を学び、確認する必要があるのではないだろうか。



 

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