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2014年1月31日 (金)

「『ここにしがみつかないと終わってしまう』とか『選択肢はほかにない』なんてことは、人生には存在しない。いくらでも選び直せる。迷ったっていい。迷ってしまうのは、自分で考えている証拠」

引き続き、野球審判の平林岳さんの著書からの引用を続けてみたい。

今回は「教え方」について。これまでこのブログでも「体罰問題」に絡めて、スポーツの教え方についてはいろいろ考えてみた。(2013年3月6日のブログなど)

ここでもう一度、書いておくが、別にアメリカ野球の価値観の方が全てにおいて正しい、優れていると言うつもりはない。ただ日本の外の世界には色んな価値観があり、日本野球の価値観だけが正しいわけでも優れているわけでもない、ということを確認したいだけである。

まずは、平林岳さん著書『サムライ審判「白熱教室」』から。

「僕がいつも見ているアメリカの監督と日本の監督では、指導のスタイルが大きく違います。それは、野球の価値観の違いからくるものかもしれません。

何が違うのかというと『目的』です。何のために指導をするかです。

アメリカの指導者が一番に考えているのは、個々の選手の能力を最大限に引き出すためにはどうしたらいいかということです。その方法として、教えることが大事なのではなくて、どうやって自分で考えさせるか。そこに重点を置いて指導します」 (P88)

「日本には、そのような考え方はあまりありません。これは野球界の話だけではなく、どんな世界にも共通することですが、日本では伝統やしきたりをすごく重んじていて、それを下の世代にそのまま伝えていく指導方法が主流です。この方法だと、教わる側に権利や選択肢はありません。教える側だけが主導権を握っています」 (P88)

「日本の場合、教える根本的な目的がチームの勝利です。俗に言う『勝利至上主義』です。その人の能力をどう伸ばすかを目的としているのではなくて、チームが勝つ能力を身につけるためにはどうしたらいいかを、日本の野球では教えています」 (P95)

 

アメリカ野球では、「チーム」より「個人」。個々の選手がどうやったら伸びるかを必死に考える。そのうえでチームが強くなれば、という考え方なのだろう。

かといって、アメリカ野球で教える側が何もやっていないわけではない。その裏では、どうしたら「個の力」が伸びるのかを考え、必死に動いている。

 

小学生の子供が突然経験することになったアメリカの少年野球の世界を非常に興味深く書いた小国綾子さんの著書『アメリカの少年野球 こんなに日本と違ってた』。この本の中には、こんな記述がある。

「アメリカの少年たちは、こんな風に自分でチームを選び、チームメートと出会ったり別れたりをくり返しながら、しなやかに強くなっていくのだろう。ふと思った。アメリカ人が会社組織への愛着だの忠誠心だの言わず、ドライに転職を繰り返し、キャリアアップするのは当然だ。だって彼らは10歳、11歳のころから、スポーツや習い事を通じて『転職』の練習をしているようなものだもの。となると『小学校6年間、同じメンバーで一緒に強くなろう!』という日本の少年野球は、日本の終身雇用の縮図ってわけか」 (P183)

 

アメリカの少年野球の世界では、選手の考え方がチームの方針と違っていたり、監督が代わって合わなくなった場合、自分に合ったレベルのチームへの移籍が頻繁に行われるという。より上やより下のレベルのチームに行ったり、やがて元のチームに戻ってきたり…。

「子どもにとって、自信はかくも大切なのだ。どうしてアメリカでは、親が先回りして判断し、子どもの居場所を選び直すのか。アメリカ人の親は、苦しい練習に耐え抜く美徳や、仲間と一緒に何かを成し遂げる経験なんかより、子どもに自信をつけてやることをずっと重要視しているからだ。だから時には、参加するチームのレベルを下げてでも、子どもが自信を取り戻すきっかけを与えようとする」 (P302)

 

まずは、自分で勝ち取った「自信」「成功体験」。それによって得られる「楽しさ」。とにかく優先順位として、これが大事なのである。これに価値観を置いているということなのだろう。

こうした考えの違いが、日本とアメリカでは、指導者や大人の役割の違いとして表れる。


日米とは関係ないが、最近読んだ本から。野球の教え方について印象に残った言葉も載せておきたい。

『指導力。』(著・田尻賢誉・氏原英明)から、熊毛南高校野球部監督の大浪定之さん

「甲子園に行きたいと思っているより、本心は厳しさから逃れたい。つまり、やらされている野球ですよね。やらされた野球っていうのは、最終的に、決勝戦になったときに、高いモチベーションは出てこない」 P115)

そして、中日ドラゴンズのGM、落合博満さん著書『采配』より。

「指導者が肝に銘じなければいけないのは、1のレベルから2、3、4と、ある程度の時間がかかっても辛抱強く、段階を踏んで教えていくことだろう」

「世の中がどんなにスピードになっても、後進や部下の育成は守るべき順番を守り、必要な時間かけなければならない」 (P266)

 

個人的には、この「順番を守る」「必要な時間をかける」というのは、野球だけでなく、どの世界でも非常に大切なことだと思う。効率主義の世の中では忘れられがちだけど。

それと以前紹介したプロ野球の権藤博さんの言葉をもう一度並べておきたい。著書『教えない教え』から。(2013年3月6日のブログ

「厳しさとは、『この世界で生きていくことはこういう練習をして、それに耐えていかなければいけませんよ』と教えること。指導者に求められるのは『厳しく接する』ことではなく、『厳しさを教える』ことなのだ」  (P19)

野球の世界だけではない。この世で生きていくためには、自分で居場所を見つけ、そこで自分で考え、自分の生き方を見つける。そんな感じなのだろう。そして、その人生の厳しさ・楽しさを経験できるのが、スポーツというものではないのだろうか。

最後に、先に紹介した『アメリカの少年野球 こんなに日本と違ってた』で、著書の小国綾子さんがアメリカ野球を経験して日本に帰国した子供に母親として贈った言葉を載せておきたい。

「あなたがアメリカで得た一番大きなものは、『ここ以外に居場所はない』なんてことは絶対にない、ってことを自分で実際に体験したことじゃないかな。『ここにしがみつかないと終わってしまう』とか『選択肢はほかにない』なんてことは、人生には存在しない。いくらでも選び直せる。迷ったっていい。迷ってしまうのは、自分で考えている証拠。それかえ覚えていてくれたら、母ちゃんは、あんたが英語なんてきれいさっぱり全部忘れたとしても、アメリカで苦労した価値はあったと思う」 P270)

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