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2014年1月20日 (月)

「なんか『前衛』を再構築しなければいけないという気がしている。今、文化といっても、まさに前衛みたいな感覚がない」

前回のブログ(1月17日)では、今は「『共感』が優先される時代」について考えてみた。

 

「共感」。

今の社会では、まずは「感情に訴えること」が優先されているのではないか。曖昧でフワッとした「ポエムの言葉」がありがたがれる様子(1月16日のブログ)などからも、「感情」というものが必要以上にチヤホヤされ、「共感」や「感情」によって今の社会が形作られているのではとも思う。

今回は改めて、クリエイティブの世界と「共感」「感情」の関係について考えてみたい。

まずは、批評家の東浩紀さんの指摘。ビデオニュースドットコム『マル激トーク・オン・ディマンド』(1月4日)で次のように話している。

「例えば、小説であれば今の時代のリアルをうまい具合にくみ取ったみたいな、みんなが共感できるみたいな小説になる。エンターテイメントと純文学とか違いが全然なくなっている」

「昔は人を傷つけようが何だろうが『こういうことをやるのが文学だ』『こういうことをやるのが芸術だ』というものがあった。そういう軸を取り戻さないとダメだと。それが政治的前衛ともつながっていく」 (パート2 29分ごろ)

「日本って。知識人の責任というのがない。テレビ知識人というのは、大衆がなんとく無意識に思っていることを言葉にして、共感をできるというだけ。彼らは何も導かない」 (パート2 33分ごろ)

続いて、
デザイナーでライターの、高橋ヨシキさん朝日新聞(9月25日)から。(2013年9月25日のブログ でも紹介)

「どこからもクレームがつかないことが最優先された、大人の鑑賞に堪えない『お子様ランチ』のような作品だらけになってしまいました。表現の質が下がれば観客のリテラシーが下がり、それがさらなる質の低下を招く。お子様ランチを求める観客と、お子様ランチさえ出しておけば大丈夫とあぐらをかく作り手。そのレベルの低い共犯関係が社会にも染みだしてきた結果が、いまの『国民的』ムラ社会なのでしょう」

そんなヌルい状況を揺さぶるような表現を『過激だ』といって排除したがる風潮はコインの裏表で、それを支えているのは、本や映画を、『泣いた』『笑った』ではなく、『泣けた』『笑えた』と評するタイプの人たちです」 

一方、上記の東浩紀さんの対談相手、社会学者・宮台真司さんは、次のように語る。ビデオニュースドットコム『マル激トーク・オン・ディマンド』(1月4日)より。

「お涙ちょうだい映画を見に来るやつらにとっては、お涙ちょうだいであれば何でもいい。どのネタでもいい。そのような感情の働き方は、人を阿呆にするからよくない。喜怒哀楽を刺激するものだったら何でもいいの?という問題なんです。感情を刺激するウエルメイドの映画が増えている」 (パート20分ごろ)

ライターの速水由紀子さんは、映画監督の園子温さんについて書いたノンフィクション『悪魔のDNA』で、今の映画の観客について次のように書いている。

「観客は自分がどんな面白がり方をすればいいかはっきりしないと劇場に行かない。すっきりする。泣ける。エロい。笑える」 (P108)

「1800円払うのだから気分が爽快になる映画が見たい、という気持ちもわかる。そういう映画がヒットするのは自然の摂理だ」 (P110)

 

分かりやすく感情に訴えてくる映画ばかりがヒットする。この裏には、せっかく「1800円払っているのだから」という映画料金の高さも影響しているという。(2012年12月22日のブログ に関連)

こうやって色んな要素が相まって、「共感」を優先した作品ばかりが世の中にあふれるようになっている。ほかの価値観は見向きもされなくなる。批判精神にあふれ、新しい価値観、世界観を開拓し、広げようという作品は駆逐されてしまう。

上記した東浩紀さんは、こうも述べている。(ビデオニュース・ドットコムより)

「なんか『前衛』を再構築しなければいけないという気がしている。今、文化といっても、まさに前衛みたいな感覚がない」

ここで指摘する「前衛」とは、今の社会、作品に満足せずに、新しい価値観を試すこと。すなわち、そんな「前衛」の作品には、今の社会への批評精神が何よりも大事となる。

先日、映画館でキューブリック監督の『2001年宇宙の旅』を改めて観た。その「前衛」ぶりには心底驚かされた。45年前の作品とは思えない新しさがあり、この映画が他の映画にどれだけの影響を与え、その世界を豊かにしてきたのだろうと思う。


以前、このブログで「辺境」がなくなっていることについて書いたが、この「前衛」がないことも同根の問題だと思う。(2013年5月20日のブログ など)

上記したデザイナ-の高橋ヨシキさんは、同じ記事の中(朝日新聞9月21日)の中で、こんな言葉も口にしている。

「言葉じゃなくて空気で人を動かす」

このセリフは、エンターテイメント、クリエイティブの世界だけの話ではない。我々は、かつて「空気」によって過ちを犯してきたことを思う出した方がよい。(2013年9月13日のブログ

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