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2014年3月 7日 (金)

「昔だったら諌められたり、馬鹿にされたりしてブレーキがかかったんだけど、今は縦割りになっていて、自分の好きなネットワーク以外には触れない。でたらめな思考や偏見が超伝導サーキットのように永久に回り続けるという特徴がある」

きのうのブログ(3月6日)では、翻訳家のドキュメンタリー映画の話題を取り上げた。そのあと今週の新聞を見ていたら、たまたま翻訳家の池田香代子さんのインタビューが、毎日新聞(3月5日)に載っていた。その中の印象的な言葉は次のもの。

「安倍さんが首相になるよりずっと前から、物事を単純化して快不快で反応したり、発火点が低かったりする感情の劣化が始まっていた気がします」

単純化。快不快で反応。発火点の低下。感情の劣化。最近のキーワードが入っている。どうして、こういうことが起きるのか。


社会学者の宮台真司さんの言葉を思い出す。TBSラジオ『デイキャッチ』(2月28日放送)より。

「見たいものしか見ない。見たくないものは一切見ない。というところに偏見を持つ人たちの特徴がある。実際にはネットが加速する。昔だったら諌められたり、馬鹿にされたりしてブレーキがかかったんだけど、今は縦割りになっていて、自分の好きなネットワーク以外には触れない。でたらめな思考や偏見が超伝導サーキットのように永久に回り続けるという特徴がある」

日本人の持つ「見たくないものは見ない」という習性。これをネットは加速してしまうのだと言う。(3月4日のブログ

今週、千葉県柏市で起きた通り魔事件。この容疑者の男について、今朝(3月7日)のTBSラジオ『スタンバイ』で、評論家の小沢遼子さんは、概ね次のような話をしていた。

「ネットが全て。ネットの中では相当自分の思い通りの自分を実現している。やがて自分が作った現実と現実との『乖離』を感じざるを得ない。疎外感を持つようになる」

自分たちの「見たいもの」「考えたいこと」だけで、自分やその世界を作り上げていく。一方での「乖離」「疎外感」。それについては、ネガティブな感情を煽って共有することによって埋めていく。それが今回の事件やヘイトスピーチの問題などにもつながっているのかもしれない。(2月21日のブログ

 

きっと、これは個人の問題だけではない。例えば、政治での「過激な発言続き」にも通じているような気もする。

 

こうして感情の劣化の問題はますますまん延することになる。(1月21日のブログ

もうひとつ宮台真司さんの指摘を載せておく。TBSラジオ『デイキャッチ』(2月21日放送)から。

「どこもかしこも俗情にこびるようになってきている。何が立派な態度で、リスぺクタブルな態度なのか、ということを本当はメディアが、インテ―ネットもそうだけどお互い伝い合わなければならない。実はナショナリズム、国粋主義も俗情にこびる営みの中に入り込んでしまっている」

感情に流されない態度をロールモデルとして、ちゃんと提示していく。

思い込みや偏見がそのまま温存される構造。本来は、立派なモデルと比べたり、アドバイス、諫言などいろいろなもので「水を差す」ことによってアップデイト(更新)していかなければならないのに、それがされない。温存されたものが、逆に感情の劣化に伴って、加速され、増幅されていく構造になっている。それが社会のあちこちで顔を出しているのではないかと思う。

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