「ネタ的な感動消費ではない言葉を、自ら引き受けて生きる覚悟のある人間が作品をつくり、その姿勢が読んだ人にも文字を通して伝わっていく」
エモーショナルな社会について。続きます。
前回のブログ(4月18日)では、雑誌編集者の渋谷陽一さんの、次の言葉を紹介した。雑誌『SIGHT』(2014年SPRING号)より。
「リベラルや左翼の言っていることって、全然楽しくない。エモーショナルじゃない」 (P118)
エモーショナルな考え方、捉え方をするひとが社会のメインとなっているんだから、エモーショナルな表現や物語じゃないと彼らには届かない、という指摘である。
渋谷さんの指摘するリベラルや左翼の反対にいるのが、分かりやすく言えば「橋下徹」という人物なのだろう。
社会学者の中島岳志さんは、著書『世界が決壊するまえに言葉を紡ぐ』で彼について次のように語っている。
「橋下徹氏は、日教組を叩く同じ地点から電力会社を叩く。言葉は乱暴になり、罵倒が続く。それに人々の期待が集まる。みんな断言に群がる。『わかりやすさ』への渇望は、単純化への希求に変容する」
「ズバッと言ってくれる人。敵を見せてくれる人」
「シニシズムが拡大すればするほど、救世主待望論が加速する。グロテスクな言葉が人々の熱狂をあおり、世界を委縮させる。言葉が毒をもち、やせ細る」 (P22)
まさに、エモーショナルな言葉や手法で、市民の期待を集めるという構図。よりエモーショナルな言葉が繰り出され、そしてエモーショナルな社会も加速する。
こうしたエモーショナルな世の中に対しての処方箋として、中嶋さんは「言葉」の大切さを説く。
「私たちは、いまこそ言葉を必要としている。言葉によって漠然たる苛立ちを客体視し、不安を凝視する必要がある。そこからはじめるしかない。人間はどこまでも言葉の動物なのだから」 (P22)
我々が大切にしないといけないのは、「言葉」でしかない。エモーショナルな言葉ではなく、対象を静かに客体視する言葉。それを作家の高橋源一郎さんは「弱い言葉」という表現をしている。雑誌『SIGHT』(2014年SPRING号)より。
「文学ってすべて弱い言葉なんです。じゃあ、負けたかっていうと、長いレンジでいうと勝っているんだよね。ドストエフスキーもセルバンテスも、弱い言葉で、その時点では負けるかもしれない。他の強いと思われた言葉は時の移り変わりとともに消え去っていくんだけど、弱いと思われていた彼らの言葉が生き残る、というのが僕たちの経験則」 (P120)
エモーショナルな言葉、グロテスクな言葉、その時は「強い」と思われた言葉は、やがて消えていく。消費されていく。そうじゃない「弱い言葉」が生き残るという。
文芸評論家の大澤信亮さんの次の指摘も、同じことだと思う。『世界が決壊するまえに言葉を紡ぐ』より。
「僕は『文学の力』がどういうところにあるかというと、実践的な言語使用の中にあると思っています。ネタ的な感動消費ではない言葉を、自ら引き受けて生きる覚悟のある人間が作品をつくり、その姿勢が読んだ人にも文字を通して伝わっていく。そういうものだけを僕は文学と呼びたい」 (P114)
一瞬で消えていく「感動消費」ではない言葉…。
エモーショナルの物語や言葉を発して、瞬間的にウケて、消費され、消えていくのではない、長く残る言葉を綴っていく。そういうことなんだと思う。
作家の重松清さんの次の指摘もこれに通じる。こちらも『世界が決壊するまえに言葉を紡ぐ』から。
「長く残る言葉って、やっぱり『わかりにくさ』を残していると思うんです。安易な『わかりやすさ』の誘惑にはまらない」 (P190)
次のコラムニストのえのきどいちろうさんの指摘は、実は「うどん」についてのものだけど、同じことだと思う。著書『みんなの山田うどん』より。
「一世を風靡しなかっただけに生き残れる」 (P153)
エモーショナルな社会に対して、我々は、エモーショナルな言葉で対抗するのではなく…。
弱い言葉。実践的な言葉。客観視する言葉。一見わかりにくい言葉。一世風靡しない言葉。…。
そうした長いレンジで生き残っていく言葉を見つけて綴っていかなければならないのだろう。
高橋源一郎さんは、次のようにも言う。雑誌『SIGHT』(2014年SPRING号)より。
「今は、僕の認識でいうと、文明史的転換のときだと思っているんです。これはかつてなかったことなので、政治の言葉自体が一から更新されるべきかもしれない」 (P127)
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