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2014年6月22日 (日)

「『長期的な発展』を目指す企業にとっては、コミュニティという豊かな概念、機能を持った存在がなければ、企業としての存続は不可能です」

前々回のブログ(6月13日)で、「目の前」と向き合うことの大切さを書いた。

少し話を少しだけ、横の方に転がしてみたい。

城南信用金庫が、東日本大震災のあと、「脱原発」を宣言している。その理事長の吉原毅さんの本を読んでいて、「目の前と向き合うこと」はこういうことか、と気づかせてくれることがあった。 

吉原毅さんは、信用金庫という金融機関の役割について、次のように書く。著書『信用金庫の力』より。

「信用金庫は、地域を守って、地域の人々を幸せにする社会貢献企業です」 (P56)

「信用金庫は、町長など地域の有力者たちが中心となり、地域の発展のためにつくられた金融機関であり、地域を守って地域の人々を幸せにする公共的な使命を持った金融機関です」 (P26)

次は、著書『城南信用金庫の「脱原発」宣言』より。

「信用金庫は、承認がお金をもうけるためにつくった銀行と違って、町長など地域の有力者たちが地域の発展のために、町役場の中などにつくった公共的な金融機関で、社会貢献からはじまったものです」 (P7)


地域の有志による信用組合である信用金庫と、株式会社である銀行とは、そもそも役割が違うという。

吉原さんの本には、城南信用金庫の三代目理事長である小原鉄五郎さんが、当時の職員に語った言葉が紹介されていた。著書『原発ゼロで日本経済は再生する』より。

「私たちはいつから銀行に成り下がったのですか。銀行は利益を目的とした企業で、私たちは町役場の一角で生まれた、世のため、人のために尽くす社会貢献企業なのです」 (P142)

つまり、銀行は株主というシステムを支える人たちのために存在し、信用金庫は、その地元である地域のために存在する、ということである。

システム・組織より、「目の前」にある地域と向き合うのが信用金庫なのである。だから、地域を大切にする「脱原発」を訴えているのである。

しかし日本では「目の前」のことでさえ、「見てみぬ振り」を続ける。(3月3日のブログ と、3月4日のブログ

「見てみぬ振り」についての、吉原毅さんの次のエピソードも印象的である。著書『原発ゼロで日本経済は再生する』により。

「私はラグビー部に所属していたが、高校一年生のときの試合で相手校と乱闘となったことがある。しかし、目の前で仲間が殴られているというのに、私は『やめろよ』といっただけで、応戦することなく傍観してしまった。直後から自己嫌悪の思いに襲われた。なぜ相手に突っ込んでいって、代わりに殴られてでも仲間を助けなかったのか」

見てみぬ振りをしてその場をやり過ごせば、その代償として自分のプライドはずたずたに引き裂かれる。惨めな思いに打ちのめされる。同じ経験を二度とするものかと、十五歳の心に固く誓ったことをいまでも鮮明に覚えている」 (P236)

でも、日本は個人より、組織・システムなのである。(2013年5月30日のブログなど)(「システム・組織」

信用金庫より、銀行側の論理で行く。そして、「目の前」のものは「見てみぬ振り」をする。

吉原さんの上記の2冊の本の間に読んでいた小説『ライアー』(著・大沢在昌)さんの中に出てきた次のセリフもオーバーラップしてくる。

神村奈々という主人公が、機関のトップであり、義父でもある神村直祐に語る言葉である。 

「義父はもう、人ではない。機関だ。義父が研究所であり、『連合会』なのだ」 (P487)

(奈々)「委員会でも研究所でもなく、あなたです。あなたは組織ではなく、ひとりの人なのだから、こうなるのを避けるのをできた筈です。でもそうしなかった。組織の論理と個人の論理をいっしょにしてしまった」

(直祐)「それは当然だ。組織の論理が何より重要なのだ。個人の論理で組織を動かせば、結果、権力の暴走になってしまう」 (P490) 

最後の神村直祐の言葉は、ちょっと聞くと「そうかもな」とも思うが、先ほどの吉原毅さんの『信用金庫の力』に、ピーター・ドラッカーの言葉が紹介されていた。

「そのドラッカーが『組織とコミュニティ』について、興味深いことを述べています。それは『企業とは、組織だけでは成り立たない』ということです」

「『企業には、コミュニティの要素がなければいけない』と主張しています」


「『長期的な発展』を目指す企業にとっては、コミュニティという豊かな概念、機能を持った存在がなければ、企業としての存続は不可能です」 (P49) 

コミュニティや地域を大切にするとは、「目の前」を大切にすること。結局、それが組織を長期的に存続させることでもあるのだと思う。

今回は、「目の前とちゃんと向き合うこと」のひとつ実例として興味深いと思ったので、少し話を横に転がしてみた。

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