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2014年6月28日 (土)

「生命は尊貴である。一人の生命は、全地球よりも重い」

今朝の朝日新聞(6月28日)の東京大学教授で憲法学者の石川健治さんの寄稿記事を興味深く読む。タイトルは『「いやな感じ」の正体』

まず、作家・高見順の長編小説『いやな感じ』を取り上げる。主人公の「俺」は、「時代の閉塞感にいらだつ反インテリの労働者」。その「俺」が戦争に巻き込まれていく物語、とのこと。

「そこに至る節目節目で、『俺』が生理的に示した反応が、『いやな感じ』である。作家の生活実感において、敗戦は、この『いやな感じ』からの解放であった」

つまり、この小説の表題ともなっている「いやな感じ」とは、生活実感からの生理的な反応。ここでは、この「生活実感」という足場が重要なんだと思う。

また、この「いやな感じ」という言葉で思い出す指摘がある。思想家の内田樹さんの指摘。こちらはアルベール・カミュの『反抗的人間』について。MBSラジオ『辺境ラジオ』(2013年12月29日放送)より。(1月22日のブログ

「カミュが言っている『反抗』とは何か。これは『反抗』ではない。元の言葉は、どっちかというと『嫌な感じ』『ちょっとムッとする』『ちょっと気持ち悪い』ということ」

「ある限度や節度を越えたときに『嫌な感じ』が自分はする。その『嫌な感じ』をベースにして哲学体系、倫理を構築しようとした。普通は、価値あるもの、信義であったり、善であったりするものを確固たる基盤にして、哲学や倫理の基盤を構築するわけだけど。自分の中で発生する『それ我慢できない』『むかつき』とか、身体的に生物としておかしいのではないかという感覚が彼にはある」


ともに、「いやな感じ」について。

石川健治さんは、この「いやな感じ」をもとにして、今回の寄稿文を書いている。

「現在の日本の政治家の姿。それがかもし出す、なんとも『いやな感じ』」

「この『いやな感じ』の源泉は複合的であるが、そこに〈個の否定〉と〈他者の不在〉が含まれているのは、間違いない」


「いまや〈個〉を否定された上で、密接な国を含む〈全体〉のために援用されようとしているところに、『いやな感じ』がある」


石川さんは、戦争当時に高見順が抱いた「いやな感じ」を封じ込めるのに大きな成功したのが、日本国憲法の最大の貢献であるとする。

特に、「すべて国民は、個人として尊重される」とする憲法13条。

 
「憲法13条の初志は、もう二度と、〈個〉の生を〈全体〉に吸い上げるような国家にはしない、というところにあったはずである」

「『国民』の支持を盾にとって〈個の否定〉と〈他者の不在〉を地で行った、ヒトラー、ムソリーニ、スターリンら独裁者の実例に接するに至り、内なる〈他者〉をおく権力分立制の良さが、見直されるようになった。日本国憲法の採用する立憲デモクラシーは、この立場にたつ。この経緯は現在でも重要である」
 

しかし、自民党の改憲案は…である。

「〈個〉としての国民が、この政治社会において内なる〈他者〉として生きることを許容するために、国家の側が自分自身をしばることによって成立している。これが立憲主義の標準装備であることの意味を、自民党改憲草案は軽んじているのである」 

でも我々が出来る事は、生活実感の中で抱く「いやな感じ」、自分の「目の前」と向き合う中で抱いた「いやな感じ」を表明していくことしかないのだろう。(2013年10月9日のブログ 

きのうのブログ(6月27日) で書いた都議会の「やじ発言」。

この対応でも「個」より「全体」を優先しようとする動きしか見ることができない。政治家は率先して「全体」のために動いているようだ。まさに、いやな感じ。 

やはり。
最後は、石川健治さんが紹介していた次の言葉を載せておきたい。昭和23年3月12日大法廷の判決より。

「生命は尊貴である。一人の生命は、全地球よりも重い」



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