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2014年9月18日 (木)

「未来予測って好きじゃない。その段階で自分の意思というものが付随的なものになってしまう。僕らはもっと自分の意思というものを持つべき」

ここしばらく、「知性」や「反知性」というものについて取り上げてきたが、少しそこから話を転がしてみたい。

いき
なり話は飛ぶが、最近、とても興味深いと思った話がある。文化人類学者の今福龍太さんの次のエピソードである。ビデオニュース・ドットコム(7月19日放送)より。

「あるブラジル人の友人が日本に来て、東京の地下鉄で待っている。すると掲示で『次の列車は○○駅を出ました』と出る。『隣の駅を出ました』という表示のさらに『隣の隣の駅を出ました』という表示もある。そのくらいの3分、4分という時間を情報で埋めていかないと、もう耐えられないというリアリティって、どういうものなんだろう。と彼は本当に驚いていた。僕も異様だと思うけど、今はみんな便利だと思っている」 (パート2 22分ごろ)

次の電車がいつくるのかを分かっていないと、今の日本人は不安を感じる…。そういう指摘である。

日本の社会は、今、そうした「予測」であふれている。

今福さんは次のように語る。

「未来予測って好きじゃない。その段階で自分の意思というものが付随的なものになってしまう。僕らはもっと自分の意思というものを持つべき。その意志は欲望ではない。それは自然が持っている純粋意志みたいなもの。それが自分に投影されて出てくる、ある時には良心かもしれないし、尊厳とか正義に関わる考え方かもしれない。そういう意思を持って、物事を考えたい」 (パート2 45分ごろ)

「自分がどうしたいか、ということでもっといろんな人間が語るべきだし、そこで議論しないといけないのに、経済至上主義的社会だと、予想というものが全ての判断の根拠になってしまう」 (パート2 46分ごろ)

「僕らの未来の時間は安直な想像力の中で埋めていかないと、怖いというか、気が済まない」

「徹底的にある種の予想と観測によって潰していくというか、埋めていく。経済的な判断もすべて、ある種の未来予測を前提として、現在を組み立てようとする。それは意志ではなくて、蓋然性の予測でしかない」
(パート2 20分ごろ)

本来、何が起こるかわからない「未来」という時間に対しては、「自分が何をしたいか」という意思を持って進んでいくもの。しかし、今の日本では、自分の意思より、まずは「予測」を立て、「何が起こるか分からないこと」への不安を取り除いてからしか前に進まない。

茂木健一郎さんの指摘。ツイッター(2011年10月4日)より。

何が起こるかわからない不確実な状況が『楽しみ』であるよりはむしろ『不安』であるというのが日本人の今の姿」

この日本社会の特徴は、次の指摘にもうかがえる。漫画家のヤマザキマリさん日テレBS『久米書店』(7月6日放送)より。

「今の日本人は、『あるある』という感覚を求めたり、自分の身の覚えのあるものを正当化してくれることを求める。そうじゃなくて、違うものを出してみたところで、何も起きやしないから、という大胆不敵な展開を見てみたい

我々は予測したことを後から確認するようにしか生きていけない・・・。

予測社会というか、予定調和社会というか。


こうした社会に対しては、次に宮台真司さんの指摘が突き刺さってくる。ビデオニュース・ドットコム(7月19日放送)より。

「思い通りのことが起こることが快楽なのだろうか。そうじゃなくて世界ってやっぱり理不尽な全体性としてあって、つかめないものとしてある。思ったのと違ったじゃないか、というところに世界体験の深さがある。それが自分の快楽の中に上位にあると思う」 (パート2 17分ごろ)

最後に、こうした「予測社会」と、「知性」というものを関連付けてみたい。

宗教学者の中田考さんの言葉。著書『一神教と国家』より。

「なぜなら、知を起動するのは、好奇心であり、未だ想像できないものへの憧憬だからです」 (P251)

なぜ、今の日本で「反知性主義」が広がるのか。

「未だ想像できないもの」を無意識に排除しようというのが「予測社会」なら、そんな社会では「知性」というものは起動されない。そういうことなのだろう。

しばらく、この「予想社会」について考えていきたい。





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