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2014年12月17日 (水)

「パロディや関節はずしのようなエレガントな対処法によって、この問題への一人一人の理解の裾野を広げてゆくことも重要だ」

一昨日のブログ(12月15日) の続きで、何となく最近気になった言葉を並べてみます。

作家の辺見庸さん神奈川新聞(12月14日)より。

「政権に対する恐怖心がない。僕は怖い。はっきり言って今のやり方は怖いんだ」

「でも、自分の生活圏から数ミリでも足を延ばし、行動する以外にない。今は普段と違う状況だ。こっちも普段と違う目つき、身ぶりで、怒り、いら立ちを自分で表現する。たとえマイノリティーになっても、臆せずものを言う。やれると思うんだ」


作家の平野啓一郎さんサイト『ポリタス』(12月14日配信)より。

「社会の監視体制は一層強化されるだろう。政権に批判的なメディアへの、開き直った露骨な干渉は、既に始まっている。2010年には世界で11位だった『世界報道自由度ランキング』は、今や59位にまで低下している」

元経済産業官僚の古賀茂明さんサイト『ポリタス』(12月14日配信)より。自民党による公正中立報道要請について。

「日本は、報道機関の機能停止による独裁国家へ至る道に入っているとみていた。その段階を、ホップ、ステップ、ジャンプの三段跳びに例えれば、現状は、概ねステップの段階にあるのではないかと見ていたが、今回、あらためて、それが正しかったと感じた」


作家の岡田斗司夫さん雑誌「中央公論」(10月号)より。

「今は、主流のもの、大きいものを悪く言うことが許されない空気になってきている。みんなで応援しているものを悪く言う奴は敵なんじゃないかという空気です」 (P127)

言ってみれば、私たち一人ひとりも、大きな力の「アンダーコントロール」に置かれようとしている、ということなのかもしれない。

そんな中、我々はどうしたらいいのか。それについては昨日のブログで言葉を紹介した。


次の言葉も。内田樹さん著書『ためらいの倫理学』より。

「上から抑えつけて来るあらゆる『力』(自分の意志を疎んじる力)に対して、どうしようもない『腹立ち』や『いやな感じ』を覚えるのは、『自分』を意識した生きる意志の、自分の思い通りに生きたいという<自由への願望>の心的な感情の現われであり、<意志>をもった人間なら誰でも感じる心の動きだろう」

この「いやな感じ」という言葉。この気持ちを自分の中で大切に育んでいくしかないのではと思う。

「いやな感じ」については、以前、このブログでまとめたことがある。(6月28日のブログ

その中から、改めて東京大学教授で憲法学者の石川健治さんの言葉をひとつだけ。朝日新聞(6月28日)より。

 

「いまや〈個〉を否定された上で、密接な国を含む〈全体〉のために援用されようとしているところに、『いやな感じ』がある」

 

いやな感じ。これを大切にして、自分なりのやり方で「抗う」。

でも次の言葉も覚えておきたい。文化人類学者の今福龍太さん毎日新聞(10月31日)より。

 

「差別的現実に硬化し、権力による監視や懲罰という対抗にうって出ることは、かえって社会の柔軟な自浄作用を阻害する。むしろ、パロディや関節はずしのようなエレガントな対処法によって、この問題への一人一人の理解の裾野を広げてゆくことも重要だ」

 

この言葉は、サッカー界での差別的行為に関して組織やチームとしての対応策として語られたもの。

「パロディ」や「間接はずし」などによって理解の裾野を広げていく方法。これも大切な抗い方なんだと思う。



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