「『本当の復興』は見えないまま、『復興事業』だけが順に完了していき、暮らしの復興は取り残されてしまっているように見える」
今週は、宮城県の気仙沼に行って犠牲者の捜索活動にボランティアとして参加してきた。
東日本大震災から4年。今年の3月11日は、雪交じりの空模様。地元の人は「4年前の天気を思い出す」と言っていた。
夜、宿で観たテレビのニュースで、政府主催の追悼式での安倍総理の式辞を聴いた。
「被災地に足を運ぶ度、復興の槌音が大きくなっていることを実感します」
「被災された方々に寄り添いながら、さらに復興を加速してまいります」
「我が国全土にわたって災害に強い強靭な国づくりを進めてまいります」
しかし、現地でその都度感じるのは、本当に「復興」が進んでいるのか、という思い。
確かに、現地では、9メートル、14メートルといった巨大な防潮堤の建設が進むし、あちこちでは土地のかさ上げも進んでいる。
社会学者の山下祐介さん。雑誌「世界」4月号より。
「津波被災地では巨大な防潮堤の建設が着々と進んでいる。だがその内側の多くがもはや住むことができない災害危険区域だ。海と暮らしを隔てる巨大な壁は、復興の前提どころか、むしろマイナスのスタートとして認識されている」 (P84)
むしろマイナスのスタート…。この感じは分かる。
作家の高山文彦さん。読売新聞(3月6日)より。ヘリコプターから防潮堤が建設されている様子を見ての文章。
「低く旋回する飛行機の小さな窓から、消滅した都市や町の跡を見ているうちに、恐ろしいことに気づいた。東北地方の太平洋岸からは、ことごとく人の暮らす浜辺が消えてしまうのだ。そのときの虚しさ、やるせなさを、これから人はどう受け止めていくのだろうか」
確かに、「復興」が進んでいる…というよりも、人の暮らすはずの街が、どこか「仮の姿」のまま、コンクリートで囲われ、そして覆い隠されていき、本来とは「別の街」が作られている。そんな感じがする。
山下祐介さんは、次のようにも指摘している。雑誌「世界」4月号より。
「『本当の復興』は見えないまま、『復興事業』だけが順に完了していき、暮らしの復興は取り残されてしまっているように見える」 (P84)
本当にそう思う。
ジャーナリストの上杉隆さん。TFM『タイムライン』(3月11日放送)より。
「政府では『復興』という言葉をうまく使っているけど、それは『個人個人の復興』ではなくて、『行政の復興』ということになっている」
最近読んだ本(『ジェロニモたちの方舟』 著・今福龍太)に哲学者のギュンター・アンダースの言葉が紹介されていた。
ギュンター・アンダースが1958年に広島を訪れたときに感じた言葉である。著書『橋の上の男』より。
「復興とは、まさに破壊の破壊であり、したがって破壊の極地である」 (P78)
「この仮面を被った現在が、ほんものの過去を覆い隠してしまう。歴史は、過去の方向へ改ざんされている。歴史―それは、歴史の自己かいざんの歴史である」 (P78)
気仙沼で「復興」が進む様子を見ながら、このギュンター・アンダースの言葉が思い出された。
東日本大震災の被災地でも、コンクリートと共に進められる「復興」によって、この社会は、何かを忘れよう、なかったことにしようとしているのではないか。
震災によって破壊された人々の暮らし。その上に人々の記憶、街の記憶も破壊しかねない。そんなことを考えたのである。
2014年3月13日のブログ
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