内向き

2014年4月15日 (火)

「日本の道徳教育というのが、村社会で、仲の良い均質な人同士の道徳を前提にしている」 

前々回のブログ(4月9日)で、平田オリザさんの提案する「国際関係」の授業は、今、安倍政権が進めようとしている「道徳教育」の授業なんかよりも全然大事なことではないか、と書いた。

それに近い指摘があったので、ぜひ紹介したい。

教育学者の尾木直樹さんは、茂木健一郎さんとの共著『「個」育て論』で次のように語っている。

「道徳教育よりもむしろ、宗教とか、哲学とか、倫理学とか、もっとアカデミックで日常の生活の中に、歴史的かつ、グローバルな視点で入っていくべきであって、『道徳』なんてどれだけ口で言っても、結局は、日本の場合、武士道精神、要するに、戦前の修身なんですよ」 (P85)

対談相手の茂木健一郎さんも次のように語る。同じく『「個」育て論』から。

「僕がすごく気になるのが、日本の道徳っていうことをいったときに、異質な人が世の中にいるときにどうするか、みたいな話って、あまり入ってこないということです。例えば、外国人の方とか、バックグラウンドが違う方とどう付き合うか、みたいなことって、日本の『道徳』の中では、ちゃんと扱われていない」 (P90)

「日本の道徳教育というのが、村社会で、仲の良い均質な人同士の道徳を前提にしている」 (P95)

今、うちの小学生の子供のクラスにも、両親が外国人という子供や、ハーフの子供が何人かいる。そんな子供に「修身」の教科書に載っている成功談を読ませても…。もちろん、ムダではないだろう。

大昔の人生訓よりも、多彩な出自を持つ今の子供たちが、各々、どんな社会で育ってきたか、どんな文化や背景を持っているのかを知り、そして、どうやって付き合っていけばいいのかを考える。そっちの方がより大切だし、優先すべきものだと思うのだが。

さらに尾木直樹さんによると、すでに「道徳教育」は他の科目にも組み込まれるとのこと。

「指導要領の通り、数学の説明文の中や問題集の中にも道徳的観点をいかしています、とか言って。そんなんで道徳性なんか、養えるわけないんです。僕から見ると、現在の道徳教育の強化路線は、管理・統制のための手段にしか見えないですね。本当に道徳心豊かな日本人を育てるのだとしたら、方法がまったく違いますもの」 (P89)

あれだけ、社会の中の多様性の重要さが叫ばれているのに、教育は全く逆の方に向いている。(2月26日のブログなど、「多様性」についてのブログ


本来、授業として「多様性」を教えることも大切だし、さらには教室という空間の「多様性」も大切となる。
茂木健一郎さんの指摘。

「そういう行き過ぎた同調化、均質化圧力が、勉強をできる子にとっても、できない子にとっても、ストレスになっている気がします。いろんな人が同じ空間をシェアすることというのが僕は大事な気がします」 (P144)

安倍総理をはじめ、政治家や経済人は、何かと「グローバル、グローバル」と口にする。なのに、日本社会は教育を手始めに、どんどん多様性から離れ、管理・統制のしやすい均質化・画一化の社会を形成していく。

さてさて、この社会は、どこへ行こうとしているのか。



2014年3月14日 (金)

「空気を読めるやつばかりだから、役に立たない。ムラと空気のガバナンスをやっているから、どうしても危機には弱い」 

今朝(3月14日)のTBSラジオ『スタンバイ』で、森本毅郎さんが、浦和レッズのサポーターによる差別的横断幕の問題に触れて、次のように語っていた。

「熱心になって、声援も一糸乱れずに送りたいという気持ちが高ぶってくると、どうしても統制を乱す人たちはちょっとお引き取り願いたいとなる。訳が分かった人たちだけでやりたい。この気持ちが横断幕になったんだろうけど、横断幕の言葉が悪い」

「言ってみれば集団で一糸乱れずにやりたいというこの発想。個々、一人ひとりが自由に応援するとか、自由に喜ぶとかではもの足りない。これが高じると、こういう形になって、自分たちと違う人たちは全部排除と。情けない話だと僕は思いますよ」


集団。統制。一糸乱れず。そして、言葉による違う人たちの排除。これらは、今の日本の社会で、あちこちで見ることのできる構図ではないか。

同調圧力、効率化、コントロールしやすい集団、そして曖昧な言葉による「異なる価値観」の人たちの排除…。


まさに安倍政権がやろうとしている政策も含めて、この1年くらいで、急速に広まっている構図なんだと思う。

きのう聴いていたビデオニュース・ドットコム『マル激トーク・オン・ディマンド』(3月8日放送)でほとんど同じ構図について話していたのを思い出す。こちらは原発について。

ゲストとして出演していたジャーナリストの船橋洋一さんが、原発をはじめとした日本社会の問題について次の言葉で語っていた。船橋さんは、福島原発事故独立検証委員会のプログラムディレクターを務めた。

「民間事故調で『ムラと空気のガバナンス』という言葉を打ち出した。まさに空気。異質のものを認めたくない排除しようする」

「だから本当の意味での議論がなかなかできない。同質的なもの、初めから結論を分かっていて落としどころが分かっていて相場観を共有している、ということ。これは、リスクという観点に絞ってみても、ここまでにしておきましょうという、みんな言わなくても以心伝心分かっちゃう」
 (パート①27分ごろ)


「異論をあえて唱えることをダサい。KYなんだよ、読めないと。空気を読めるやつばかりだから、役に立たない。ムラと空気のガバナンスをやっているから、どうしても危機には弱い」 (パート①29分ごろ)

一糸乱れない集団。異物・異論の排除。結局、日本社会は、どこもかしこも行っても「ムラと空気のガバナンス」になってしまう。政治、原発、そして浦和のサポーターたち。

「ムラと空気のガバナンス」では、曖昧なローコンテキストの言葉が流通し、誤解や不和を広げてしまうというのは、まさに浦和サポーターがやったこと。(3月6日のブログ

上記のビデオニュース・ドットコムの番組で社会学者の宮台真司さんが語っていた次の言葉も覚えておいた方がいい。

「口火を切る。空気を破る人間が、この世界では、特に最悪な事態が起こるかもしれないときには、もっとも倫理的な振り舞いとなるということ」 (パート①6分ごろ)

何回でも書く。空気が破る。つまり、水を差すことが、もっとも「倫理的な振る舞い」となるのである。(「水を差す」

今回の浦和レッズの問題では、差別的な文字を掲げたサポーターも問題だが試合中に他のサポーターから指摘を受けたものの、何も動かなかった球団の問題もある。

これも、原発事故と重なる部分がある。上記の番組で、司会でもあるジャーリストの神保哲生さん宮台真司さんとのやりとり。

神保 「危機対応ができていないために、何が発生しているかというと。一番大事な時には非決定という、何も決めないということによる決定がなされている。で状況が流れていくということが必ず起きる」

宮台 「日本の場合は、過失不作為、みんなでやれば怖くない。明らかに過失があったんですよ。みんなが不作為なことによっておこった過失なので、責任は問えない。つまり責任はないということなる」 (パート①58分ごろ)

過失不作為。まさに「思考停止」であり、「見たくないものは見ない」「考えたくないことは考えない」問題。「集団的アインヒマン状態」ともいえる。(3月3日のブログ

2013年4月10日 (水)

「およそ先進国といわれている国でこれほど国際情勢をきちんと扱うメディアが貧弱な国は他にはない」

前々回のブログ(4月9日)では、新聞やテレビで「事件報道の偏重」が起きていることについての言葉を紹介した。今回は、それと裏表となる現象について指摘している言葉を紹介したい。

ジャーナリストの青木理さんは、『メディアの罠』の中で、日本のメディアで国際ニュースがちゃんと扱われていないことを指摘する。 

「およそ先進国といわれている国でこれほど国際情勢をきちんと扱うメディアが貧弱な国は他にはない。これでは視座が内向きになるばっかりだし、発想が単層化しがちになるし、ひどく幼稚で馬鹿げたナショナリズムのようなものがますます蔓延る要因になってしまうと思います」 (P172) 

テレビ、新聞と各局が、海外支局をどんどん閉鎖しているのは事実である。事件報道や、芸能まがいのニュースが比重を増やす中で、国際ニュースの居場所はどんどんなくなる。おそらく「売れないニュース」ということなのだろう。青木さんの指摘を待つまでもなく、社会の意識が内々へと向かっていくと、ロクな発想は起きないことは、今の北朝鮮や、先般のオウム真理教の状況などを見れば明らか。決して、今の日本はそれらを笑っていはいられないのだと思う。 

まったく同じ指摘を、ピーター・バラカンさん『原発、いのち、日本人』の中でしていたので並べておきたい。

「おかしいということは、とっくに気が付いていました。テレビのニュースを見ててね、どこの国でも国内ニュースがメインになるのは仕方がないんですよね。でも、日本はあまりにも、世界で大変なことが起きているのにもかかわらず、それをまったく報道せずに、国内のスポーツの話題とか、お天気のこととかね。
 
この国には毎年台風が来ることはわかっているんだから、いちいちそれをトップニュースに持ってこなくてもいいでしょ」 (P69)
 

このピーターさんの指摘を読んだときには、すごく同意した。というか同じことを考えている人がいて、ホッとした。ボクも、よくテレビのニュース番組といわれているものを観ていて、なんで「台風やゲリラ豪雨がトップニュースなんだよ」と思っていた。 

例えば、暴風雨で1人被害者が出ることと、原発事故で1人被害者が出ることを、同じような感覚で扱ってしまう。もちろん台風ニュースがまったく重要じゃないとは言わない。でも、それは天気のコーナーを拡大して、丁寧に伝えればいいもののはず。人々の興味が多いものと、ニュース価値とは必ずしも一致しないことがあることを失念している人がニュース現場にも多い、と思ったりしていたのである。

もうひとつ。これはジャーナリズムでの話じゃないけど、劇作家の平田オリザさんが、学校教育について語っていた言葉を関連として。著書『ていねいなのに伝わらない「話せばわかる」症候群』より。

「少なくとも、中学生くらいで、『国際関係』という授業を週に一時間でもつくって、中国や韓国の人たちの文化や習慣を知識として学んでいくようにする」 (P196)


いいアイデアだと思うのだが…。これから日本の内外で生活していくなかで、様々な人種、民族とコミュニケーションをとる機会が増えることは間違いない。そういう意味でも、「国際関係」という授業として、キリスト教やらイスラム、さらには、その国の歴史などを知ることは大切なのだと思う。「内向きの視座」を外に向けるためにも。


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