スペースを埋める

2013年9月10日 (火)

「どこにも入り込む隙間はある。世の中と世の中の隙間、それが世間だ。人と人の隙間、それが人間だ。私もそろそろ自分のニッチを探しにいかないとな」

前々回のブログ(8月28日)では、作家の島田雅彦さんのコトバから、「ニッチを探すこと」「スペースを探すこと」の重要性について考えてみた。

順序は逆になってしまったが、その島田雅彦さん小説『ニッチを探して』を読み終わったので、その中に出てくる屋島教授が口にした次の言葉を紹介しておきたい。 

「どこにも入り込む隙間はある。世の中と世の中の隙間、それが世間だ。人と人の隙間、それが人間だ。私もそろそろ自分のニッチを探しにいかないとな」 (P204) 

さらに島田雅彦さんが出演していた、JFM『学問のススメ』(8月27日)も聴いた。その中から。 

「ニッチを探す体験は自信にはなると思う。人はプライドを守る、名誉を守ることが時には必要ですが、それをやると職を失う、あるいは今までの人間関係が悪くなったり、厳しい状況おかれる可能性がある。それでも嫌な所にずっといたくない。思い切って給料が半分になったとしても、ここから離脱するということがやりやすくなるのかな」 

「逆境に追い込まれて、急に緊張感の中でひらめくことがあるかもしれないし、実際に本当に自分に適した生息域は、それこそニッチはどこなのかを突き詰めて考えていったときに、ひょっとしたら今までの人生、ライフスタイルというのが自分に合わないのに無理していたということが分かるかもしれない」 

「日本はこれ以上の発展は見込めない。そうするとどこかで上手に没落する方法を模索しないといけないのではないかと思う。プライドとか名誉とかを失わない状態で、しっかりと生き延びていく知恵だけは身につけておく」 

「そうやってフラフラしながら何か価値を見つけていく。何もしてないようでブラブラしているようで、その実、ちゃんと考えていて、自分が必要とされるタイミングと場所をじっと待っていて、あっあったと思ったら、ピュッと行く。このフットワークの良さ」

ニッチ、隙間、スペースをさがる力があるということは、自分の生きる幅や選択肢を広げることでもあるのだろう。

2013年8月29日 (木)

「完璧は求めず、とにかくやってみて、ダメなら直せばいいさ」

きのう紹介した作家の島田雅彦さんのインタビューを、もう一度、取り上げてみたい。

「会社の業績悪化や家族の病気など、人にはいや応なく別のニッチを探さなければならない場面がでてきます。どう対応できるか、自分をどう更新できるかで、その人の生き方が分かれると思う。この覚悟を持っているかどうかは大きい。東日本大震災を意識ました」 (毎日新聞夕刊8月13日) 

きのうは、「ニッチ」という言葉に注目してみた。今日は、そのあとに出てくる「更新」という言葉に注目してきたい。 

このブログでも、これまで、これから必要なのは「“変えること”よりも、絶え間なく“更新”を繰り返すこと」というようなことを書いてきた。(2011年11月24日のブログなど 

先の読めない未知なことが続く、世の中では、自分だけでなく、企業や家族など他者の事情で息詰まったり、これまでに居場所がなくなってしまうことも起きうる。しかし、そんな中でも生きてくためには、自分を少しずつ合わせていくしかないのだろう。それを「更新」という言葉をつかった。 

ただ改めて紹介するが、脳学者の養老孟司さんは、次のようにも言っている。日経ビジネスオンライン(2012年2月10日)から。(2012年3月8日のブログ 

「一気に更新しようというのではなく、『だましだまし』やるという姿勢は大事なことだよ」

今日は、そんな「更新」という考えにつながるような言葉を改めて紹介してみたい。 

まずは、きのうの朝日新聞(8月28日)に掲載されたイビチャ・オシムさんのインタビューから。 

「私が思うに、あなた方はあまりに早く考えを変えすぎる。誰かがいいプレーをしていると判断したら、即座に同じようにやろうとする。しかし終始変え続けることはできないし、常に前進を試みるだけでなく、ときには一歩退くことも必要だ」 

劇作家の鴻上尚史さん著書『コミュニケイションのレッスン』から。 

「人間は一瞬では変わりません。特に、身体が変わるには時間がかかります。けれど、その時間が、その人本来の時間なのです」 (P284) 

また社会学者の中島岳志さんは、著書『「リベラル保守」宣言』で、少しずつ変えていくこと本来の保守のやり方だと書いていた。

「例えば、優れた老舗は、過去や現状に対する頑迷な固執を捨て、伝統に依拠した斬進的改良を進めていきます。もちろん同じモノを作り続けることは重要です。しかし、時に新しい試みを取り入れ、時代の変化に対応することも重要です」 

「このチャレンジは、新しいものに見えて、まったくの新しいものではありません。表層的な新しさの深部には、歴史的に積み重ねてきた技法が潜んでいます。先代から受け継いできた無形の伝統が内在しているからこそ、新しい挑戦が可能になるのです」 (P38) 

今年亡くなった精神科医のなだいなださん東京新聞夕刊(6月10日)に紹介されていた言葉も載せておきたい。

「完璧は求めず、とにかくやってみて、ダメなら直せばいいさ」 

なださんの「とりあえず主義」には、心から共感する。まずは、とりあえずやってみて、少しずつ「更新」していく。 

上記に紹介したブログ(2012年3月8日)でも紹介しているが、藤原和博さんの言う「修正主義」もまったく同じことなんだと思う。

「(今の教育界や、日本全体を覆っている)正解主義は『修正主義』に。つまり『こうするのが正しい』とたった一つの正解があると信じ込む正解主義から、とにかくやってみてから修正していけばいいという考え方に転換する」毎日新聞夕刊2012年2月29日より

自分でスペース・隙間を見つめ、そこでとりあえずやってみる。そして少しずつ更新・修正を加え、繰り返しながら、新しいルールを見つけていく。やはり、そんな姿勢が必要な気がする。

 

2013年8月28日 (水)

「会社の業績悪化や家族の病気など、人にはいや応なく別のニッチを探さなければならない場面がでてきます」

少し前の毎日新聞夕刊(8月13日)に、作家の島田雅彦さんのインタビュー記事が載っていた。新刊『ニッチを探して』の出版に際してのもの。まだ本の方は読んでいないけど、印象的なフレーズがあったので紹介しておきたい。

「会社の業績悪化や家族の病気など、人にはいや応なく別のニッチを探さなければならない場面がでてきます。どう対応できるか、自分をどう更新できるかで、その人の生き方が分かれると思う。この覚悟を持っているかどうかは大きい。東日本大震災を意識しました」 

生きていくうえでは、突然予想外の出来事が起きる。今までの自分の居場所が失われ、新たな居場所を見つけなければならない時が来る。ということだろう。 

ちなみに小説のタイトルにも入っている「ニッチ」。辞書で調べてみると「隙間」という意味。

「隙間」という言葉で思い出す話がある。建築家の坂口恭平さん著書『一坪遺産』で紹介していたエピソードで、東京駅で靴磨きを続ける男性についての話。少々長いけど、紹介したい。 

「そんな変化を続けている場所でムラタさんは今日も路上で靴磨きをやっている。 

『都市開発進んでますけど、大丈夫ですかね?』と僕が聞くと、『その時はまた必ずどこかに隙間が見つかるんだよ。そうやって今まで来たからね』。

 
どんな所でも隙間があるという確信なんてものを、今どれくらいの人が持っているのだろうか。いつの間にか僕は、かつてあって、自由に出入りこんで遊べた空地のような土地なんて無くなってしまったと思い込んでいた。こんな都市のド真ん中ではなおさら無理だと。

 
しかし、ムラタさんは全く逆の考え方で生きている。彼を見ながら、もしかしたら都市は視点さえ変えれば隙間だらけなのかもしれないと僕も思うようになった。使う人によって空間はどんな姿にでもなるのである」 (P72)

まさに、新たなニッチを探して生き延びている人の具体的なエピソードである。「都市は視点さえ変えれば隙間だらけなのかもしれない」という言葉にも勇気づけられる。 

さらに、ドキュメンタリー映画を撮っている想田和弘さんも、毎日新聞夕刊(6月16日)のインタビュー記事で次のように語っていた。 

「主流から外れたときに、すき間を探すことが大事だ」 

ニッチを探す。隙間を探す。これまで僕は、サッカー用語から「スペースを探す」「スペースを埋める」という言い方を使ってきた。かなり以前のブログ(2012年5月8日)で、「ルール(規則)主義から原則主義へ」というフレーズを、「ルールを守ることから、スペースを埋めることへ」という言葉に言い換えたことがある。

そういえば、作家の平野啓一郎さん『空白を満たしなさい』というタイトルの小説があったが、この「空白」という言葉も同じニュアンスなのではないか。 

その「ルールを守ることから、スペースを埋めることへ」といことをシミジミと感じたのは、何度か通った東日本大震災の被災地である。非常事態の被災地では、空いている「スペース」を自分で見つけ、そのスペースをひとつひとつ埋めていかないと社会が起動しない。そこでは、これまでのルールや規則はもう役に立たない。現状に合わせて、ルールを変えたり、新しいルールを作っていく必要があるのである。 

これも以前のブログ(2013年3月7日)で書いたことと重なる。 

きっと同じことは、きっと日本の社会全体にも当てはまるのではないか。これまで右肩上がりが続いてきた社会では、何よりも「ルールや規則を守ること」が尊重されてきたように思う。しかし、これからの先が見えない社会では、きっと今までのルールが適応できない。現状とズレてしまったルールを守り続けることより、ズレによって発生したスペースや隙間を自分なりに埋めることが重要になってくるのではないか。
 

話はサッカーに移る。ただサッカーコーチをしている池上正さんが指摘していることも同じなのだと思う。コーチの言うことを聴いているだけでは選手は伸びない。自分でやるべきこと、スペースを見つけ、そこを埋める新しいプレイをクリエイティブしていくべきなのである。著書『サッカーで子どもをぐんぐん伸ばす11の方法』より。

「子どもが困ったときに大人の顔を見るという状況が、日本では非常に多い気がしてなりません。 

特に、スポーツというものは、練習したような場面がいつも実戦で出てくるわけではありません。その都度、その都度、本当に微妙なのですが、違う状況がいっぱい出てきます。すると、言われたとおりの練習をやってきただけの子どもたちはそういう状況に対応できません」 (P90)

「『コーチの言うことを聞いてその通りにやる子よりも、コーチに反抗して全然言うことをきかない選手を育てたい』という方もいます。そういうコーチは自分の経験でわかっているわけです。自分たちの言うことを聞く子よりも、言うことをきかないこの方があとで伸びていくということを」 (P92) 

「ある時、オシム監督は言いました。 

『ヨーロッパの選手は、コーチが右だ!と言ったら、知らん顔して左へ行くよ』
周りになんと言われようが「おれの判断では左だ」と主張するのがヨーロッパの選手だといいます。
 
『日本人は右へ行けと言われたら、みんな右に行くね』

日本人の従順さは、監督にとって不可解であるとともに残念そうでした」 (P98)

もうひとつ。異なる分野から。ノンフィクションライターの立石康則さん著書『パナソニック・ショック』から。

「経営は日々、未知との遭遇である。マニュアルにないことばかりが起きるのが現実である。その現実と向き合い、自分の頭で考え絞り出した答えをぶつけながら、間違えば修正しながら正しい答えを見つけ出す作業でもある。つまり、経験は暗黙知の世界なのである。だから、それを幸之助はしばしば『カン』という言葉で言い表している」 (P179)


先の読めない時代。未知なる時代。今までのルール・規則・マニュアルに背いたとしても、自分で考え、やるべきことや場所をみつける。やはり時代は「ルールを守ることから、スペースを埋めることへ」という流れなんだと思う。

 

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