★「アメリカ幕府」

2016年5月30日 (月)

「日米地位協定の下では日本国の独立は神話であると思いませんか」

熊本に行ったりして、バタバタな日が続いて、すっかり更新が滞っている。

沖縄で起きた女性死体遺棄事件。今週23日、沖縄の翁長雄志知事は、安倍総理と菅官房長官に語り掛けたのが次の言葉。

「日米地位協定の下では日本国の独立は神話であると思いませんか」

この言葉を裏付けるような最近、耳にした日米地位協定についての言葉を並べておきたい。

経済学者の金子勝さん文化放送『ゴールデンラジオ』(5月27日放送)より。

「日米地位協定。国辱的というか、植民地的というか、こういうことが日本国内で許されているということに我々がどうしてもっと敏感にならないのか」

「地位協定そのものがこういう不平等な状況で特権意識を生んでいるわけ。地位協定を変えて『いるなら日本の法律にきちんと従ってくれ』というのが普通でしょう。僕はどうして右翼的な人がこの売国的な国辱的なことに対して怒らないか分からない」

「対等の感覚がない。ご領主さまに対する下僕みたいな感覚。」


沖縄国際大学大学院教授の前泊博盛さんTBSラジオ『セッション』(5月25日放送)より。

「日本の保守はアメリカに追従することが保守だと勘違いしている方が多い気がする。日米同盟が大事という」

「これだけの被害、殺人事件が起きているときくらいは、日米同盟より、国民の命が大事と言って欲しい。そういう思いがある」


そのTBSラジオ『セッション』(5月25日放送)より、神奈川県在住のリスナーさんの意見。

「日米地位協定というのは、かつて開国当時に結ばされていた不平等条約と同じなのでは。安倍内閣は『押し付けられた憲法の改正を』と訴えているが、不平等条約の撤廃の方が先のような気がする」

戦後史研究者の豊下楢彦さん著書『昭和天皇の戦後日本』より。

「憲法が『押しつけ』であるとすれば、安保条約も、そして何よりも地位協定こそ『押しつけ』そのものであった」 (P258)

「『占領時代の基本的な枠組み』そのものである日米地位協定の撤廃や抜本改正を提起することなく、『自主憲法』の制定で日本の『独立』を果たすなどということは、文字通り“絵に描いた餅”という以外にない」 (P259)

地位協定がある限り、日本では国民に「主権」はない。アメリカという国が統治を担っていて、その「法」や「事情」が優先される。しかも下請けの日本政府はアンタッチャブル…。

まさに「独立は神話」なのである。

さらに、この体制をアメリカに与え、保管していたのが昭和天皇だったという指摘もある。改めて豊下楢彦さんの指摘。著書『昭和天皇の戦後日本』より。

「昭和天皇にとっては、戦後において天皇制を防御する安保体制こそが新たな『国体』となった。つまりは、『安保国体』の成立である」 (P201)

「『安保国体』とも言うべき体制の枠組みが固められるに伴い、昭和天皇は今度は『象徴天皇』として“後景”の位置から、日本の政治外交路線がこの枠組みから逸脱しないように、節目節目において“チェック”する役割を自らに課すことになった」 (P208)

まさに「アメリカ幕府」ではないか…。

さて、「幕府」はどうしたら店を閉じるのか…。日本の歴史を振り返って見ると、新しい「最高権力者である武官(軍人)」が現れるか、「大政奉還」しかない。日本に住む人たち(国民)が自らの要望で「幕府」をチェンジすることはなかったのではないか…。

どうやったらアメリカが「大政奉還」するか。そんなことを考えてみた方がいいような…。そんな気がする。

2015年9月15日 (火)

「世界に類を見ない日本の対米従属の特殊性にある。その特殊性の核心とは、アメリカは日本を愛してくれているという妄想です」

きのうの参議院での質疑をユーチューブで観ていた。やはり、山本太郎議員の質疑が楽しかった。このくらいヤンチャな展開があった方が、もっと国会の議論に注目も集まると思うし、安倍総理をはじめ、閣僚の臨機応変さも試される。

その山本太郎議員の問題となった質問は、日米安保条約の地位協定についてのもの。参議院の平和安全法制特別委員会(9月14日)より。

「この国の主権を売り飛ばしたような『売国条約』になっているんですよ。総理、変える気はないんですか、地位協定を?アメリカに求める気はないんですか?地位協定の変更を」

“売国条約”という言葉については訂正。そのあとの質問は、以下の通り。

「すべての主権を売り飛ばすような条約、これを継続する。占領時代と変わらないものを今も約束し続けるというのはあまりにもおかしいと思います。アメリカに対して、これ変更を求めないんですか?」

個人的には、その通りだと思う。ぜひアメリカに変更を求めてほしい。

前にも紹介したが、ジャーナリストの矢部宏治さんは「砂川判決」について次のように指摘する。著書『日本はなぜ、「基地」と「原発」を止められないのか』より。

「つまり安保条約とそれに関する取り決めが、憲法をふくむ日本の国内法全体に優越する構造が、このとき法的に確定したわけです」 (P44)

「最大のポイントは、この判決によって、『アメリカ政府(上位) > 日本政府(下位)』という、占領期に生まれ、その後もおそらく違法な形で温存されていいた権力構造が、『アメリカとの条約群(上位) > 憲法を含む日本の国内法(下位)』という形で法的に確定してしまったことにあります」 (P49)

砂川判決によって、日本の法律よりも、日米地位協定が優先される状況が認められるようになったという。

まさに「主権を売り渡すような条約」なのである。

この夏公開された映画『HERO』。その中で木村拓哉演じる検事・久利生公平の上司、川尻健三郎(松重豊)氏は、法務省の偉い人たちに次のように語っていた。映画『HERO』より。

「日本の法を犯した者は、たとえ国境を超えてでも、それを正さなければならない」(大意)

この言葉を借りるなら、国境を超えなくても、国内に日本の法を犯す、正すべき人たちはたくさんいる。さらには、それを後押ししている体系こそ、正さなければならないはず。

その大元が日米地位条約というものではないか。

でも、日本という国が“アメリカ幕府”によって治められている以上、この体系は続いていくのだろう。

最近、耳にしたアメリカ従属にまつわる言葉を。

衆議院議員の亀井静香氏文化放送『ゴールデンラジオ』(7月17日放送)より。

「外務省というのは、昔から国務省日本支局ですよ。独立国家日本の外交担当とは思えない。残念ながら」

元国会議員の鈴木宗男氏文化放送『ゴールデンラジオ』(8月4日放送)より。

「日本の役人は、完全にアメリカのマインドコンロトールと言ってもいいくらい。日本の官僚は、裁判官も検察官もワシントンの日本大使館勤務が出世コース。ですからアメリカの呪縛から抜けられない。そこが日本の弱みだと思う」

なぜ、日本という国は、自分たちの主権をアメリカに売り渡しても、平気なのか。

アメリカに“大政奉還”を迫り、自分たちで統治しようとしないのか。政治学者の白井聡さんの指摘がしっくりくる。『ダイヤモンド・オンライン』(8月11日配信)より。

「世界に類を見ない日本の対米従属の特殊性にある。その特殊性の核心とは、アメリカは日本を愛してくれているという妄想です」

「妄想の上に成り立っている。そう考えると日本の対米従属は国際問題ではなく、国内問題だということが分かる」

妄想…。

 

2015年6月27日 (土)

「属国があたかも主権国家であるかのようにふるまっているところに日本のもっとも深い病があります」

自民党のゴタゴタ。もうTVのバラエティ番組の域を超えている。

内田樹さんの今朝のツイッター(6月27日)に次のように書いてある。

「沖縄の二紙はいまの日本で最もリアルに『日本がアメリカの属国である』事実に向き合っています」

「その新聞を『つぶせ』というのは『属国である現実を国民に見せるな』ということです。属国があたかも主権国家であるかのようにふるまっているところに日本のもっとも深い病があります」


安保法制の話でも、政治家たちの発言にクラクラするという話を書いたばかり。(6月12日のブログ

なぜ、政治家がわけのわからない、支離滅裂な、朝三暮四な発言や答弁ばかりするのか。次の内田樹さんの指摘がもっとも腑に落ちた。ブログ『内田樹の研究室』(6月22日) より。

「日本の指導層はアメリカから命じられて実施している政策を、あたかも自分の発意で、自己決定しているかのように見せかけようとする。アメリカの国益増大のために命じられた政策をあたかも日本の国益のために自ら採択したものであるかのように取り繕っている。そのせいで、彼らの言うことは支離滅裂になる」

今回の安保法制が、まさにそうなんだろう。

 

田原総一朗さんの解説。TBSラジオ『デイキャッチ』(6月15日放送)より。

この法律は安倍さんが考えたのではない。アメリカなんです。2012年8月28日に、『アミテージ・ナイ・レポート』というのが出ている。ここでホルムズ海峡について言っている。ホルムズ海峡におけるイランの状況にかんがみ、封鎖が明らかになった場合は、日本は単独で海上自衛隊の掃海艇を派遣し、当該海峡の通行の安全を確保する。アメリカがこれを『やれ』と言っている。武器輸出三原則の緩和や集団的自衛権の容認も『やれ』と言っている」

「日本が独自に主体的にやっているのではなく、アメリカに言われたことをなぞっているだけ」


日本に決定権はないのである。

最近、話題の砂川事件にしても、アメリカの意向による判決のようである。高橋源一郎さんは、朝日新聞(6月25日)の『論壇時評』で、砂川判決を下した最高裁の田中耕太郎長官について次のように書いている。

「田中さんが駐日アメリカ公使と入念な打ち合わせをしていたことにもびっくりした。日本の『司法』はアメリカの意向を大切にしていたのだ」

我々の大事なことは、すべて「アメリカの意向」で決まっている…。

内田樹さんの指摘。ブログ『内田樹の研究室』(6月22日)より。

「年次改革要望書や日米合同委員会やアーミテージ・ナイ・レポートなどを通じてアメリカが要求してくる政策を日本の統治者たちはひたすら忠実に実行してきた」

「アメリカの国益を最優先的に配慮できる人間しか日本の統治システムの管理運営にかかわれない」


やはり、どうしても「アメリカ幕府」という仮説を思い浮かべてしまう。

あくまでも実務を担当する「執権」でしかない日本政府は、「将軍」筋であるアメリカのいうとおりにしか動けない。動かない。主権はあくまでアメリカにあるのである。

このアメリカと日本政府との構造については、占領期の「琉球政府」と同じなのかもしれない。


冷泉彰彦さんの説明。著書『「反米」日本の正体』より。

「沖縄の『ねじれ』の原点は、1945年から73年に及んだアメリカによる占領行政にある。占領行政と言えば聞こえはいいが、自治権のある属州扱いではなく、一方的な軍政であった。そこには『琉球列島高等弁務官』という『独裁者』が置かれていたのである」 (P138)

「占領下の沖縄の統治は、この押し付けられた『高等弁務官』が事実上の首長である『米国民政府』が仕切っており、その下に沖縄住民による『琉球政府』があった」

「要するに面倒な行政に関しては現地の組織に任せつつ、事実上は軍の独裁であり、そこには自治権もなければ民主主義もなかった」


「この問題は日米に横たわる『ねじれ』の構造の原点の一つだろう」 (P139)

この沖縄占領時の「米国民政府」が「アメリカ幕府」、「高等弁務官」が「将軍」と考えればわかりやすい。

となると、実は日米関係は「ねじれ」ていないのかもしれない。そのまま70年間にわたってアメリカによる「占領」「信託統治」、すなわち「アメリカ幕府」が続いているにすぎない、という意味では。日本は「アメリカの属国」というが、もしかしたら「国」ですらないのかも…。やれやれ。


「アメリカ幕府」

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2015年6月12日 (金)

「『政府は憲法に違反する法律を制定することができる』これをやったら、どんな国も亡びるに決まっています」

前回の文章の続き。安保法制をめぐる政治家の発言について。

自民党政調会長の稲田朋美氏の言葉。朝日新聞(6月5日)

「憲法解釈の最高権威は最高裁。憲法学者でも内閣法制局でもない。最高裁のみが憲法解釈の最終的な判断ができると憲法に書いている」

さらに稲田氏の言葉。沖縄タイムズ(6月9日)

「国の安全を守るのは憲法学者ではなく、私たち政治家だ」

もう頭がクラクラして、どうにかなりそう。そんな発言ばかり。

さらに防衛大臣の中谷元氏NHK(6月10日)

「現在の憲法を、いかにこの法案に適用させていけばいいのか、という議論を踏まえて閣議決定を行なった」

極めつけのような言葉…。ありえない。

矢部宏治さん著書『日本はなぜ、「基地」と「原発」を止められないのか』を読み返した。

ナチスの全権委任法を引き合いに、次にように書いている。

「『政府は憲法に違反する法律を制定することができる』これをやったら、どんな国も亡びるに決まっています」 (P88)

やれやれ。

「日本の場合は、すでに見たように、米軍基地問題をきっかけに憲法が機能停止状態に追い込まれ、『アメリカの意向』をバックにした官僚たちが平然と憲法違反をくり返すようになりました」 (P88)

まさに、この本に書いてある通りのことが安保法制を巡って行われている。

「現在の日本における現実は、ナチスよりひどい。法律どころか、『官僚が自分たちで作った政令や省令』でさえ、憲法に違反できる状態になっているのです」 (P88)

そもそも、砂川判決そのものが「大問題」としている。

「この砂川裁判の全プロセスが、検察や日本政府の方針、最高裁の判決までふくめて、最初から最後まで、基地をどうしても日本に置きつづけたいアメリカの政府のシナリオのもとに、その指示と誘導によって進行したということです。この驚愕の事実は、いまから6年前(2008年)、アメリカの公文書によって初めて明らかになりました」 (P44)

「つまり安保条約とそれに関する取り決めが、憲法をふくむ日本の国内法全体に優越する構造が、このとき法的に確定したわけです」 (P44)

「最大のポイントは、この判決によって、『アメリカ政府(上位) > 日本政府(下位)』という、占領期に生まれ、その後もおそらく違法な形で温存されていいた権力構造が、『アメリカとの条約群(上位) > 憲法を含む日本の国内法(下位)』という形で法的に確定してしまったことにあります」 (P49)

驚くべきことである。どう考えても、やはり日本は独立国ではない。

そして、妄想でしかない「アメリカ幕府」という考え方が、ここでも当てはまってしまう。

アメリカ幕府では、日本の憲法や憲法学者よりも、アメリカのシモベである政治家の方が優越される、ということなのだろう。 

 「アメリカ幕府」

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2015年5月28日 (木)

「私は自国民の自由、平等、人権、民主主義を守れない国がですね、どうして世界の国々にその価値観を共有することが出来るのかなぁと、大変不思議であります」

どうも最近、何だか、力が入らない。本を読んでもページがなかなか進まないし、新聞を読んでもあまり集中できない。

安保法制や沖縄問題、原発問題など、新聞などを読めば読むほど、体から力が抜けていく感じ。言葉が入ってこないし、つながらない。

その代り、映画ばかり見ている。また今月は陽気が素晴らしく、自転車ばかり乗っている。今月だけで600キロを超えた。

それでも、なんとか個人的に刺さった言葉を。

まず沖縄県知事の翁長雄志さんが今月20日に行った日本記者クラブと外国特派員協会の会見は、ともに力強く、腹をくくっている感じが伝わってくる。その言葉は、とにかく理と筋が通っている。聴いていて、体が震えてきた。

その中から、ひとつ。(外国人特派員協会の会見より)

「私は自国民の自由、平等、人権、民主主義を守れない国がですね、どうして世界の国々にその価値観を共有することが出来るのかなぁと、大変不思議であります」

「それでも日米地位協定がいかに日本を縛っているか。防衛局に抗議にいっても何にもできませんよ。ただ、『米軍に伝えます』と。これだけです。これだけの当事者能力が日本にないのをみると、もしかして日本の独立は神話だとアメリカが言っているのではないかなという感じさえ受ける」


前回、「妄想」として書いた「アメリカ幕府」を裏付けるような発言だと思う。(5月1日のブログ5月2日のブログ

アメリカ幕府。確かに「妄想」にすぎないが、これを「仮説」「接線」として戦後日本に対して用いると、いろんな現象がクリアになる。

その
話とはがらりと変わるが、ローマ教皇のフランシスコ法王が、同じ今月20日に日本カトリック司教団と会談。毎日新聞(3月22日)より。

「原発を旧約聖書の『バベルの塔』になぞらえ『天に届く塔を造ろうとして、自らの破滅を招こうとしている』と表現し、『人間が主人公になって自然を破壊した結果の一つ』と述べたという」

原子力発電は、バベルの塔…。まさに、その通りだと思う。

取り急ぎだが、翁長知事とフランシスコ法王の言葉を備忘を兼ねて載せておく。

2015年5月 2日 (土)

「日本の政治家がどんな公約をかかげ、選挙に勝利しようと、『どこか別の場所』ですでに決まっている方針から外れるような政策は、いっさいおこなえない」

きのうのブログ(5月1日)の続き。“アメリカ幕府”についての「妄想」の続きです。

昭和天皇は、敗戦直後、マッカーサー元帥に会った際に「将軍宣下」を行い、“アメリカ幕府”を開くことを許した。(ただの妄想です)

矢部宏治さんは、著書『日本はなぜ、「基地」と「原発」を止められないのか』で次のように書く。

「そうしたさまざまな歴史的経緯のなかで、日本人から圧倒的に支持されてきた天皇制と、第二次大戦後、世界の覇者となったアメリカ、なかでも人類史上最大の攻撃力をもつようになった米軍が強く結びつく形で、『戦後日本』の国家権力構造がつくられることになりました。考えてみると、これほど強力な政治体制もなかったでしょう」 (P121)

その後、マッカーサー元帥が去り、GHQがいなくなったあとは、ダレス国務長官が「将軍」の任に就いたと考えるべきなのか。もしかしたら源家将軍が絶えた後の鎌倉時代がそうだったように、その後は在日米軍と自民党による「執権政治」が続いた。そう考えてみることもできる。

天皇がときの最高権力者に統治を委ねる。そしてできた「幕府」を、その後も将軍や家臣が崩壊するまで惰性のように運営しつづける。こうしたシステムで、この国は何百年も続いてきたのである。そして、この「システム全体」のことを、きっと「国体」と呼ぶのではないか。

 作家の赤坂真理さん著書『日本の反知性主義』より。

「この意味において、戦前戦中と同じ『国体』は維持されている。誰かがその『国体を守ってくれた』ということだ。答えを言えば、『親密な関係にある他国』が」 (P142)

さらなる「妄想」を続けたい。

当初、GHQなる“アメリカ幕府”は、アメリカ人中心の「旗本」で運営されていた。しかし冷戦の深刻化に伴い、“幕府”を大きくする必要に迫られ、新しく「御家人」を雇い出す。公職追放していた政治家や官僚たちが「御家人」として“アメリカ幕府”入りする。

そうした御家人たちによる「執権政治」が、自民党政治の本質なのではないか。そう思える。自民党が運営しているのは、あくまでも日本政府ではなく“アメリカ幕府”なのである。

先の矢部宏さん著書『日本はなぜ、「基地」と「原発」を止められないのか』には、そんな例がたくさん出てくる。

「日本の政治家がどんな公約をかかげ、選挙に勝利しようと、『どこか別の場所』ですでに決まっている方針から外れるような政策は、いっさいおこなえない」 (P22)

「日本の場合はすでに見たように、米軍基地問題をきっかけに憲法が機能停止に追い込まれ、『アメリカの意向』をバックにした官僚たちが平然と憲法違反をくり返すようになりました」 (P88)

「いくら日本の国民や、国民の選んだ首相が『原発を止める』という決断をしても、外務官僚とアメリカ政府高官が話をして、『無理です』という結論が出れば撤回せざるをえない」 (P98)

家臣である日本の政治家や官僚が、殿様である「アメリカ」に異を唱えることはありえない。その理屈からすれば、異を唱えた「家老」「老中」の田中角栄や鳩山由紀夫は簡単にクビを飛ばされることになる。GHQが設置したという東京地検特捜部は当然、“アメリカ幕府”のために、田中角栄や小沢一郎を立件する。そう考えると分かりやすい。裁判所だって、砂川裁判などをみる限り、“アメリカ幕府”直属である。

さらに。

鎌倉幕府の御家人たちが大切にしたのが、「いざ鎌倉」という奉公心。同じように、アメリカ幕府の「御家人」である日本の政治家や官僚にとって最も重要なのは、「いざアメリカ」の精神なのである。

だからこそ、そのアメリカを訪問している安倍総理は、あんなにも嬉しそうなのである。きっと。

また、かつて元寇が起きたときに、鎌倉武士に「いざ鎌倉」の掛け声が高まったように、今の安倍政権も、中国の脅威を言揚げすることで、「いざアメリカ」の気運を盛り上げようとしているのも似ている。

こうやって考えてくると、なぜ安倍政権が安全法制、TPP、沖縄問題などを強引に進めるのかも分かりやすくなる。“いざアメリカ”。全てはアメリカのためなのである。

きっと沖縄という場所は、今も“アメリカ幕府”の天領なので、下々の家臣には口は出せないということなのだろう。

さてさて。
この“アメリカ幕府”の世は、いつまで続くのだろうか。

すいません。長々と「妄想」を続けてしまった。

最後に「オチ」がわりに妄想をもうひとつ。

昭和天皇の誕生日は、今は「昭和の日」という。安倍総理が「三丁目の夕日」を絶賛していたように、今の政治家や人々は、なぜか「昭和」という時代が大好きである。

その「昭和」に続き、いつか「平成」も終わる。すると次の年号は何になるのか…。 

いっそのこと、次の時代の名前は、昔々、「後醍醐」「後陽成」という名前の天皇がいたように、「後昭和」というのはどうだろうか。

ゴショウワ…。少なくとも、音だけはめでたい。

完全な冗談です。すいません。

2015年5月 1日 (金)

「戦後体制というのは、日本国民の主観世界では、いうなれば『アメリカ幕府』だったのではないかと」

久しぶりに話題を変えてみたい。

安倍総理がアメリカを訪問している。オバマ大統領と会談したり、アメリカ議会で演説をしたりして、とにかくご満悦そう。

今朝のTBSラジオ『スタンバイ』(5月1日放送)を聴いていたら、森本毅郎さんは次のように語っていた。

「結局、安倍さんは安保法制も沖縄問題も手土産のような形でアメリカに行って、“アメリカの気に入るようにやりますよ”と言ってきた」

「野党は怒っているけど、実際に“下請け構造”のような形にさせられている」


日本の政府は、アメリカの下請け…。

話は変わるが、先日、NHKスペシャル『戦後70年 日本の肖像 日本人と天皇』(4月18日放送)を観た。

昭和天皇とマッカーサー元帥。有名なツーショットの写真が残っている最初の会見は、1945年9月27日のこと。2人は、全部で11回会っているという。

この時、2人は会見で何を話していたのだろう。それが気になった。

もしかしたら…。

(ここからは個人的な「妄想」です)

連合国軍最高司令官のマッカーサーに対して、昭和天皇は「将軍宣下」を行ったのではないか。つまり「幕府」を開くようお願いしたののではないか。

なぜ、そんなことを思ったか…。もともとは政治学者の白井聡さんの言葉。著書『日本劣化論』より。

「天皇の存在を軸に戦後の日米関係を見てみると、戦後体制というのは、日本国民の主観世界では、いうなれば『アメリカ幕府』だったのではないかと」

「征夷大将軍にアメリカ(マッカーサー)を据えたのだと理解すると、あの有名な天皇とマッカーサーのツーショット写真は、昭和天皇がマッカーサー元帥を征夷大将軍に任命した記念写真であると見ることができます。もちろん、この時の征夷の夷というのは共産主義のことです」 (P79)

少し違うけど、平川克美さんの言葉。ラジオデイズ『はなし半分』(4月号)より。

「彼が天皇を横に並んで撮ったのというは、王様になったということ」

参考といして「幕府とは何か?」と調べてみたら、例えば歴史学者の関幸彦さんは、次にように書いている。『官職と位階』より。

「ここで幕府と表現したものは、いうまでもなく、武家の政治機構の総称、として用いたものである」

マッカーサーは軍人であり、GHQは彼をトップに抱いた政治機構である。日本の歴史を振り返えってみれば、日本の天皇は、その時その時の最高権力者である武士(軍人)に「将軍宣下」をして、幕府という政治機構によって国を治めてきたのである。

敗戦直後の日本における最高権力者は、マッカーサー元帥。これは間違いない。その彼に、日本の歴史の通例にならって「国の統治を任せる」とお願いしたのではないか。そうすることで、昭和天皇は自らの命や地位を保ってもらったのではないか。過去の天皇が時の権力者から命や地位を守ってきたように。(「妄想」です)

その意味で、まさに戦後の統治機構は、「幕府」そのものと考えることができる。

その“アメリカ幕府”が、70年経った今も続いている。

だから、日本の政府はアメリカの「下請け」なのである。

“アメリカ幕府”という考え方をすると、いろいろなことが腑に落ちる。なので次回も、この「妄想」を続けてみます。

 

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