「日本のメディアの萎縮あるいは自粛と呼ばれるものは、政権からのプレッシャーだけでなくこういうネットユーザーからの極めて犯罪的なプレッシャーも関わっているものと考えています」
「自粛」についての続き。
昨日(3月5日)のブログでは、メディア側の自粛について考えた。メディアが「面倒なこと」を避けたがるため、踏み込んだ「批判」をしなくなっているということだった。
メディアの中に「面倒なこと」を避けたがっている風潮がある背景には、最近、メディアを取り巻く「面倒なこと」が半端のないレベルになっている側面もある。
作家の中沢けいさんの指摘。外国特派員協会での記者会見(2月25日)より。
「"ネット右翼"とか、自民党のサポーターを自称する"ネットサポ"と呼ばれる人たちが情報を取ろうとするひとたちの邪魔をしたり、場合によっては勤務先に大量のFAXや電話したりして業務の妨害を行っています。日本のメディアの萎縮あるいは自粛と呼ばれるものは、政権からのプレッシャーだけでなくこういうネットユーザーからの極めて犯罪的なプレッシャーも関わっているものと考えています」
「ネットの中に広がっている現状に対する危機感について、ネットを使わない人たちにも気づいていただきたいと願っている」
経済産業官僚の古賀茂明さんもする。そうした「ネットサポ」の人たちの暗躍を、自民党が後押ししているという。雑誌『SIGHT』(最新61号)より。
「自民党は、ネットサポーターズクラブというのを作ったんですよ。J-NSCというんですけど」
「そこには『安倍さん大好き!』みたいな人が集まってくるわけじゃないですか。で、その人たちが喜ぶような情報を流してあげるとか、その人たちに『自民党の宣伝をするんですよ』っていう役割を与えるんですね。そうすると、その人たちの中で、ツイッターとかフェイスブックで相互にフォローし合う世界が、公式の自民党のSNSの外にできるんです」
「たとえば、僕が『報道ステーション』でこんなバカなことを言っている、とかいう情報が流れるわけですよ。そうするとその非公式ネットワークがバーッと動き出して、一斉に批判や誹謗中傷をテレビ朝日にメールで送るんです」 (P30)
実際、こうして送られてくる誹謗のメールは程度を超えている。例えば、朝日新聞の従軍慰安婦報道で批判を受けた元記者の植村隆さん。本人だけでなく、子供までもがターゲットとなった。『抵抗の拠点から』(著・青木理)より。
「これは本当に辛かった。最初は少ししかなかったのに、どんどん増えていって。『売国奴のガキ』とか『自殺するまで追い込むしかない』なんて書いているのもあってね。ひどいよ。本当にこれはひどいよなぁ…」
メディア側が「面倒なこと」をとにかく避けたがる背景には、こうした動きもあるのも確かだと思う。
だからといって、メディアが「権力批判」という本望を回避してもいいという理由にはならないのだけど。
コラムニストの小田嶋隆さんは、次のように言う。『日経ビジネスオンライン』の「小田嶋隆ア・ピース・オブ・警告」(2014年10月3日)より。
「言論を弾圧するのは、必ずしも悪の意図を持った、権力の手先ではない」
「戦前戦後を問わず、言論への暴力は、権力や警察が、直接に言論人の自由を拘束する形で発動されるばかりのものではない。むしろ、実数としては『世論』に後押しされたキャンペーンや、『苦情』や『問い合わせ』を偽装したいやがらせが、現場を萎縮させて行くケースの方が多いはずだ」
きっと自民党のサポーターズクラブの人たちも「悪の意図」は持っていないのかもしれない。だが、結果として「権力の手先」となっている。
僕としては、その「J-NSC」というネーミングに背筋が寒くなるものがある。もともと「NSC」とは、アメリカ国家安全保障会議のこと。情報をスノーデン氏の『暴露』を読む限り、アメリカのNSCは巨大な権力を手に入れ、情報をもとに社会を思い通りにコントロールしようとしている。
日本版NSCと呼ばれる組織がどこまで力を持っているのかは知らないが、「J-NSC」という民間の組織がそれなりの力を持っていることが気味悪い。戦前の「隣組」を想起するし、まるで政権の「憲兵」役を担っているようである。
そして、それを支えるように「特定秘密保護法」などがどんどん整備されていく。
作家の辺見庸さん。著書『明日なき今日』より。
「ファシズムっていうのは必ずしも強権的に『上から』だけでくるものではなくて、動態としてはマスメディアに煽られて下からもわき上ってくる。政治権力とメディア、人心が相乗して、居丈高になっていく。個人、弱者、少数者、異議申し立て者を押しのけて、『国家』や『ニッポン』という幻想がとめどなく膨張してゆく」 (P89)
高知新聞の高田昌幸さんの言葉。東京新聞(3月1日)より。
「いま高知新聞の若い記者に敗戦70年で戦前の話の聞き取りをしてもらっています。一番つらかったことは?と聞くと、答えは周囲の目です。隣近所、学校の友達に白い目でみられること」
70年が経ち、今の時代の「周囲の目」には、ネットという面倒なものが含まれる。川崎や淡路島の事件しかり。「白い目」や「悪意の言葉」が容赦なく、次々と飛んでくる。